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熊本県阿蘇郡小国町「山のいぶき」を訪ねる

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師匠との出会い

自分が目指すべき方向を模索し続ける17歳の高村さんは積極的に周辺の酪農家と交流をされたそうです。

後に師匠と仰ぐことになる「松島喜一牧場の松島さん」との出会いもこの頃です。

酪農家に限らず周りの様々な業種の方々とネットワークを持ち仕事をされているその姿に、目指すべき何かがあると感じ取った高村さんは、仕事が終わると毎日のように松島さんの元を訪れていました。

また、高村さんは、22歳で奥様と結婚されました。「働き始めると一日も休みがないから、新婚旅行ぐらいはとイタリアに行きましたが、それ以降本当に休みがないので、だまされたと思っているかもしれませんね。」と冗談交じりに話す高村さん。

目指すべき方向性がより具現化するのはさらに、この後となります。

 

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父の怪我から学んだこと

高村さんが30歳にさしかかったころ、農業を専業としていた父・公明さんが怪我をしてしまいました。怪我と年齢から今後も農業一本で生活することが難しくなったこともあり、親族である黒川温泉の旅館オーナーからのアドバイスを元に、栽培している自然薯を中心とした料理を出す店を開店しました。接客業は素人でしたが、お客様の意見に耳を傾ける真摯な姿勢が、黒川温泉を含む秘湯ブームと相まって、多い日には200名もお客様にきていただけるお店になったそうです。

お客様と直接意見を交換できる。今までの農業や酪農では考えられなかったその出来事に感銘を受けた高村さんは、30歳を期にいよいよ自分の道を歩み始めるのでした。

 

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徹底的な差別化を

搾乳量は少ないが、濃厚で甘みの強いジャージー牛乳の特性を活かした独自の販路を開拓しようと考えた高村さんですが、その道は前途多難でした。

絞ったばかりの牛乳は殺菌されていないため、そのまま販売することもできません。殺菌をし、パッケージングをするためには工場が必要となります。工場を建てるほどの資本力がない当時の高村さんは、師匠である松島さんから紹介された佐賀の工場へ、週に3回搾りたての牛乳を運んでいました。

いよいよできた独自ブランドの牛乳。父の「やまたけ」で受けた直接お客さんとふれあう必要性から、最初の試験販売は自分が店にたつことに決めました。

場所は、福岡のアウトレットモールで行われた黒川温泉の催事。この催事で過去最大売れた牛乳は800本と独自調査を行っていた高村さんは、1500本用意したそうです。

周りの方々からは、半ば呆れた言葉をかけられたそうですが、結果、3日目の午前中には完売してしまい、皆から賞賛の声をいただいたのでした。

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