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ミリィに蹴り落とされた〈ロストメア〉は、黄昏の大通りに落下した。
都市の人々がぎょっとなって四方に逃げ散るなか、ゼラードとコピシュだけは、敵に向かって走り込んでいく。 -
ゼラード
コピシュ!
広幅剣 と、短曲刀 だ! -
コピシュ
アイアイ!
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コピシュが応え、すらりと背の剣を二振り抜いて、前方に投げ放った。
ゼラードは、進路上に投げ込まれた剣を確 とつかみ取り、起き上がろうとする〈ロストメア〉との間合いを詰める。 -
ゼラード
そらぁっ!
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頭部めがけてブロードソードを振り下ろす。敵は二本の腕でこれを受け、残った一本を反撃に繰り出した。ゼラードはためらいなく剣を手放し、鉤爪の横薙ぎをかいくぐって懐へ飛び込んだ。すれ違いざまカットラスを一閃、腹部を斬り裂いて魔力の飛沫を上げさせる。
そのまま勢いを止めずに駆け抜け、敵と背中合わせになったところでコピシュに叫んだ。 -
ゼラード
細剣 !剣砕き ! -
コピシュ
アイアイ!
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離れた位置でコピシュが応えた。背中の剣を二振りつかみ、魔力を乗せてぶん投げる。
その間に、〈ロストメア〉は無手となったゼラードへ向き直り、鉤爪で斬りつけていた。刃の嵐が男を呑み込む寸前、投げ放たれた二刀がその手元に滑り込む。 -
ゼラード
はあっ!
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凄烈な気合がほとばしり、剣花が弾けた。細く鋭い剣と、峰がぎざぎざになった短剣。その二刀が見るも鮮やかにひるがえり、襲い来る鉤爪をことごとく斬り弾いていた。あまりの妙技に、〈ロストメア〉は愕然と立ちすくんだ。
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ゼラード
(俺には剣しかないんでね。このくらいできなきゃ、話にならんのさ!)
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ゼラードは剣術家の家に生まれ、幼い頃からありとあらゆる剣による戦闘技法を叩き込まれてきた。父は剣にすべてを捧げた人間であり、息子もそうしなければならないという強迫的な使命感に取り憑かれていた。血のつながった父かどうかも疑わしい。剣だけにすべてを費やしてきた男が、己の技を相伝するにあたって、それなりに才能のある捨て子を拾った、という方が事実としてはありえそうだとさえ思えた。
ゼラードは剣の奥義のすべてを修めた。しかし、それ以外に何ひとつ持つことはなかった。
そんなとき、後の伴侶となる女性に出会った。
ゼラードにとって、初めての衝撃だった。剣以外に大事なものができるなど――しかし、彼女を愛するようになって気づいた。自分は剣を大事にしていたわけではない。単にそれしかなかったというだけだ。自分は何かを大事にするということを、生まれて初めて知ったのだ。
幸せのなか、コピシュが生まれた。ゼラードはもはや天にも昇る気持ちだった。これ以上ないほど大事なものがふたつに増えた。妻と娘のために生きられる。それは筆舌に尽くしがたい喜びだった。
そんなある日、妻が別れを切り出した。
剣士として生きる夫を持つことが、もう耐えられない――涙ながらに彼女は言った。剣を振るい、敵と戦う。ずっとそれをなりわいとしてきたゼラードは、何を言われているのか理解できなかった。ただ茫然としていた。〝夫がいつ死ぬかもわからないなんて――〟剣は人をあやめるための道具だ。剣士である以上、自分か相手か、どちらかの死がつきまとう。そんなのは当たり前のことじゃないのか? 〝娘にまで剣を教えて――〟何が起こるかわからない時代だ。身を守るすべは知っていた方がいい。コピシュだってあんなに楽しそうじゃないか。なあ。〝もう耐えられない――〟わからない。本当にわからないんだ。教えてくれ、俺の何がいけなかったんだ? 何がそんなに君を苦しめているんだ……?
わかり合えないまま、妻は去った。娘だけが残った。最初、妻は自分がコピシュを引き取ると主張したが、どうしてか、コピシュ自身が拒絶した。〝わたし、お父さんといっしょにいる〟そう告げる娘を見て、妻の瞳は絶望の色に染まった――〝ああ。遅かった。この子も剣に取り憑かれている。もうこの子はこの子じゃない〟――
妻を失ったゼラードは、なけなしの財産を慰謝料に奪われ、コピシュを連れて世をさまよった。とにかく娘を食わせていかなければならなかったが、剣しか知らない以上、剣で稼ぐしかなかった。あてどなく放浪するうちに、夢と現実の狭間の都市に流れ着いた。そしてアフリト翁に声をかけられ、知った――もはや自分は〈夢見ざる者〉 でしかないのだと。
幸か不幸か、それはコピシュも同じだった。彼女はまだ幼く、夢らしい夢を持たない。まだ剣を使って戦うには早いが、倒した〈ロストメア〉から奪った魔力を使えば、戦いを支援することはできた。
食っていくため。娘を食わせてやるため。〈ロストメア〉と戦う理由は、それだけだ。相手がどんな夢だろうが、興味はない。倒せば金が手に入る。だから倒す。それだけでしかない。 -
ゼラード
両手剣 ! -
コピシュ
アイアイ!
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後退。眼前を牙がかすめる。同時に、背後から飛んできた両手持ちの剣が敵の胴体にぶっ刺さった。〈夢〉の絶叫。踏み込んで剣の柄をつかみ、渾身の力を込めて斬り下げる。胴を裂かれた怪物は、悲鳴を上げて姿を消した。
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コピシュ
あっ、逃げられちゃいました!
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ゼラード
心配いらんさ。
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ゼラードは、大通りの奥へと視線を向けた。
そこで、無数の悲鳴が上がっている。 -
ゼラード
目立つんだよ――おまえ。
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笑みを浮かべて、そちらへ駆けた。