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ミリィ
待ぁってましたぁーっ!
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屋根の上に身を潜めていたミリィは、ちょうど目の前に現れた〈ロストメア〉へ、ニカッと快活な笑みを送りつつ襲いかかった。
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ミリィ
真っ向正面、ストレートぉっ!
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茫然と振り向く怪物の左胸に、手にした巨大な機械の砲身を叩き込み、たった一瞬しかない
好機 を的確に捉えて引き金を絞る。
撃鉄が下りて炸薬が弾け、文字どおり爆発的な勢いで射出された極太の鉄杭が、超至近距離から〈ロストメア〉に放たれた。
〈ロストメア〉の左胸部が、杭に貫かれてほぼ消滅。三本の左腕が肩口から落下した。
絶叫とともに反撃が来る。右の鉤爪三本による逃れがたい急襲。後退しつつ、杭打機を楯にして受け止めた。激しい火花が黄金色の日差しを焦がす。
戦いになると、ミリィはほとんど反射的な思考で動く。経験に裏打ちされた実戦的な勘――という部分もあるにはあるが、実は本能的な戦闘センスのなせる業だ。
もともとミリィは、〝外〟で服飾師 を夢見る女学生だった。孤児院の出身で、ほとんど資産らしい資産も持っていなかったので、服飾を学ぶためには、自分のセンスを認めさせて奨学金を得る必要があった。だから、機械工場で働きながら、寝る間も惜しんで服飾の勉強に打ち込んだ。
そして、満を持してコンテストに挑み――こてんぱんにされた。
まったく自覚のなかったことだが、どうも自分の芸術センスというのは壊滅的にダメなヤツらしい。コンテストに出した彼女の衣装案は、〝ひどすぎて批評の対象にすることさえ冒涜的だ〟〝人の着るものではない。そもそも服なのかどうかさえわからない〟〝新種の兵器と言われれば納得がいく〟〝らくがき大会と勘違いしているのでは?〟と酷評の嵐を受けた。
今にして思えば、逆に愛されてすらいたというか、けなすというより〝逆方向にすげえ〟と拍手されたような感じもなくはなかったが、このコンテストに未来のすべてを賭けていたミリィにとっては、立ち直ることすらできない衝撃だった。
そんなとき、ミリィの働く工場がならず者に襲われた。
悪辣な政府を支える力の一端を潰すとかなんとか――何やら高尚っぽいことをわめく男が、粗悪な銃を振り回して暴れ回った。混乱する工場のなか、知り合いのお姉さんが撃たれた瞬間、ミリィの頭からすべてが吹き飛んだ。真っ向から男に躍りかかり、相手の動きの機先を制して、誰も殴ったことのない拳をみぞおちに叩き込み、横隔膜を的確に打撃して悶絶に追い込んだ。事件を聞いて駆けつけた警官は、目をぱちぱちとさせて言った――「君は軍用格闘術 の専門家 なのか?」
どうもミリィは、先天的に卓越した戦闘センスを持っていたらしい。年端もいかぬ少女が暴漢を見事に叩き伏せたという情報は、退屈な日々に飢えた人々の格好の餌となり、翌日の紙面を彩った。ただ、厄介なことに、コンテストに応募していたこともすっぱ抜かれてしまい、新聞は〝奇抜な少女の秘めたる力!〟〝服飾師志望の少女に、神は芸術センスと間違えて戦闘センスをお与えになった〟と、ふたつの情報 の〝合わせ技〟で大いに賑わった。いたたまれなくなって、ミリィは街を出るしかなかった。
それからしばらくあてもなくさまよって、わかったことは、どうも自分には嫌になるくらい戦いの才能がありすぎるという事実だけだった。
流れ流れて黄昏都市――夢を持たない戦闘センスの塊ということで、あれよあれよと〈メアレス〉に抜擢、やけくそで使った杭打機が相性ばっちり大戦果――自分の人生ホントなんなの、と思いたくなること甚だしい。
〈ロストメア〉と戦うのは、正直、八つ当たりなのかもしれないとさえ思う。
襲い来る鉤爪の軌道を見切り、的確に死角に回り込みつつ、遠心力でぶん回した杭打機を叩きつける。よろけたところにあえて肉薄、杭打機を垂直に立てて支えにしながらの強烈な跳び蹴りを見舞い、家から叩き落とす。 -
ミリィ
あ、つい落としちゃった。とどめ、刺し損ねたなぁ。ま、いっか。
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人生だいたい、〝ま、いっか〟の連続なわけだし――というのが、今のミリィが達した境地のひとつと言えた。