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計画的に築かれた都市でなければ、たいていの路地は曲がりくねっているものだ。
この都市は、特にそれが顕著だ。主要な大通りこそ明確な直線によって成り立っているものの、そこを外れて細い路地に入ると、たちまちぐねぐねと激しい湾曲が始まる。
赤々と燃えていた太陽は墜ちきり、炭のような薄闇が都市を溶かしている。表通りは最新式のガス灯で照らされているが、こうした路地は昔ながらの不気味な暗さをたたえたままだ。
そんな、ごろつきや賊の類が好んで潜むような場所を、リフィルたちは堂々と進んでいく。
ガラの悪い連中は頻繁に見かけるが、すれ違ったり、遠巻きに見つめられたりする程度で、話しかけてくる者はない。なかには気味悪げに身を引く者さえいる。〈メアレス〉に好んで喧嘩を売ろうなどという愚か者は、この都市にはまずいない。
構わず進んでいると、 -
アフリト
まるで、森の奥から狼の群れが出てきたようだ。
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可笑しげな笑い声が、脇から響いた。
誰もいなかったはずの空間――路地の壁際に、異郷の装いをした男が座り込み、長い煙管 を振っている。 -
アフリト
森の浅きを我が物顔で闊歩していた獣たちが、本物の猛獣の出現に怯え、息を潜めている。本能的な防衛行動だ。
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リフィル
アフリト
翁 。 -
リフィルは、じろりと男を見下ろした。
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リフィル
話がある。
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アフリト
〈メアレス〉を集めたいのだろう。構わんがね……問題は報酬の分配だ。あの〈ロストメア〉が持つ魔力はなかなかのものだが、山分けにしてしまえば、
端 したもんさ。果たしてみなが乗ってくるかね? -
リフィル
分配はしない。とどめを刺した者が総取りする。
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アフリト
ほう。だが、それだと、とどめを刺せねば骨折り損……ということになるなぁ。
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リフィル
とどめを刺す自信のない者など、
端 からあてにはしていない。 -
アフリト
はっは!
だそうだが 、どうするね? -
ゼラード
いいんじゃねえか。
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路地の奥から誰かが進み出てきた。
がっしりとした体躯を誇る壮年の男だ。生きることに疲れきったような、どこか自堕落な風情を漂わせている。口調も投げやりな印象が強い。 -
ゼラード
首を獲ったもん勝ち、ってことだろ。なら、普段と変わらん。よーいどん、で一斉にスタートするって違いがあるだけでな。
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コピシュ
でも、タダ働きってことになると、やっぱりめげるとこあると思います。
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男の後ろから、ひょこ、と幼い少女が顔を出す。まだ十かそこらというところ――背丈も男の腰くらいまでしかない。
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コピシュ
今回報酬を得られなかった人は、総取りした人にひとつ〝貸し〟を作れるってことで、どうでしょう?
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にっこり告げる彼女の背中で、がしゃりと重々しい音が響いた。剣である。それも一本や二本ではない。大小さまざまな種類の剣を、十数と背負っている。
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ラギト
〈徹剣〉 ゼラードには一杯奢ればすむ話だが、〈剣庫〉 コピシュへの〝貸し〟は高くつきそうだ -
路地の反対側から少年が現れ、鷹揚な笑みを浮かべて言った。
端正に整った貴族的容貌に、仕立てのいい服がよく似合っている。若くして才気走る、都市の名士の一人息子――という風情だが、それにしては凄味がにじみすぎていた。名士の皮をかぶったならず者どもの長 と言われれば、腑に落ちもする。 -
ラギト
とはいえ、
人擬態級 が相手なら、そのくらいは許容範囲だ。俺は構わない。 -
ルリアゲハ
あなたに作る〝貸し〟がいちばん怖いけどね。
〈夢魔装〉 ラギト。 -
ラギト
俺がするのはいつだって人間らしいお願いに限るさ、
〈墜ち星〉 。 -
どうだか、とばかりルリアゲハは肩をすくめた。
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アフリト
さておき、役者は揃った。
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軽く煙を吐きながら、アフリトが言った。
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アフリト
手負いの夢魔の居所は、わしが探して伝えよう。武運を祈っとるよ。おまえさんたちが人をあやめぬ限りは。
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ミリィ
耳タコっすよー、アフリト翁。心配しなくたって、ちゃんとやりますって。あたしたちの敵は、〈ロストメア〉だけなんすから。
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アフリト
そう願う。
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アフリトは、影めいた微笑みを浮かべた。
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アフリト
夢見る者に、夢は潰せぬ。夢見ざる者だけが、見果てぬ夢をも折り砕く牙となる。儚い夢の化身どもに、現実の重さを教えてやるがいい――
夢捨て人 たちよ。