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リフィルは都市の人々から注がれる畏怖と恐怖の視線を無視し、狙い定めた道の先へと人形を跳躍させた。
必死の形相で駆け続ける男の前に、着弾と言っていい勢いで降り落ちる。男はさすがに足を止め、やかましくわめいた。 -
男
な、なんなんだ! 俺が何したってんだよ!
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骸の腕に抱かれたまま、リフィルは冷たい刃の視線を向ける。
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リフィル
別に、何かしたところを見たわけじゃない。
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男
だったらなんで!
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リフィル
影がおかしい 。 -
男
は――?
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男は、茫然と己の足元に視線を落とした。
彼自身の輪郭と寸分違わぬ影が 、同じ仕草で戸惑っている。
何がおかしいのかわからないという様子の男に、リフィルは目を細めてみせた。 -
リフィル
黄昏時。影は長く伸びる。影そのものであるおまえは、知らなかったかもしれないけど。
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男
……ッ。
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男の目の色が変わった。
いや――変わったというなら、すべて が。
腕が増え、脚が減って、蛇の胴のごとくなる。首が伸び、顔のすべてが牙持つ顎へと変異した。肌と衣装はまとめて黒い鱗と化し、ぬらりとした不気味な光沢を帯びる。
人の姿をしていたものが、一瞬にしてその殻を脱ぎ捨て、おぞましい本性をあらわにする――そんな悪夢的光景を前に、リフィルは動じることなく吐き捨てる。 -
リフィル
そんな
態 で人間の真似事とは。まったくもって反吐 が出る――〈見果てぬ夢〉 ! -
異形の怪物は、鐘をむちゃくちゃに叩き鳴らしたような咆哮で応えた。
ひとつきりになった足が蛇の動きを見せ、外見からは想像もつかない速度で少女に迫る。左右三本に増えた腕の先、太い鉤爪がギラリと鋭く閃いた。
少女は無言で糸を操る。応じて、人形がゆったりと後退し、爪の猛襲のぎりぎり圏外まで逃れた。鉤爪が、なめらかな頬のすぐそばを通りすぎても、リフィルの表情は変わらない。辛うじてかわしたのではなく、あえて間合いを保ったのだ。怪物が爪を振り下ろしきって無防備になった瞬間、少女は高らかに呪文を詠唱している。 -
リフィル
修羅なる下天の暴雷よ、千々の槍以て降り荒べ!
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少女の詠唱と糸の動きに合わせて、骨骸の人形が指ですばやく印を切る。すると、周囲に無数の魔法陣が展開し、そのすべてから空を焦がす雷撃が放たれた。怪物は鱗を焼かれ、割れ鐘めいた悲鳴で悶える。
これこそ〈黄昏〉 リフィルの真骨頂だ。人々が魔力を失い、魔法文化が廃れきったこの時代に現存する、最後の魔道の使い手。正確には、古の魔道士の骸を操り、彼が修めた術を駆使しているのだが、余人の目には〝古の魔法使い〟そのものとしか映らない。 -
リフィル
刻め雷陣、果てどなく!
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激痛で動きを止めた怪物に、四方から伸びた鎖状の雷条が絡みついた。怪物は鎖を引きちぎろうともがくが、叶わない。ただ雷鎖に焼き刻まれるのみだった。
あとはとどめを刺すだけだ。リフィルは最大の奥義を放つべく気息を整え、心機を集中した。精密に指を動かし、骨骸に複雑な印を切らせる。たちまち古代の魔法が再現され、魔法陣が現れた。 -
リフィル
仕留める!
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告げた瞬間、怪物が消えた。
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リフィル
!?
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瞬く前には確かにいたが、瞼を上げた時にはもういない。いかなる予兆も前触れない、忽然たる消失。虜囚を失った雷鎖が、虚しく空に揺れている。
なぜか――と理由を考えるより早く、〝予想外のことが起こった〟という危機感だけで、リフィルは人形を横に跳躍させていた。
颶風が脇を抜けていく。背後から 躍りかかった鉤爪の群れを、寸前で真横にかわした結果だ。今度こそ、まぎれもなく間一髪の回避行動。反撃に移る余裕はない。敵は蛇身をくねらせ直角に転身、ぐん、と急激に胴を伸ばし、顔全体を占める巨大な顎で食らいついてくる。
異形の牙がリフィルの顔を噛み砕く――寸前、少女の背後から数発の弾丸が飛来した。