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ゾイスが去った後、酒場はやんやの喝采で満ちた。
「旅の人、よくやってくれた」「俺から奢らせてもらうぜ」「俺もだ」と、居合わせた客たちが旅人――プグナのテーブルに集い、ここぞとばかりにゾイスの悪行を並べ立て始めた。
いわく。
〝族長のドラ息子〟ゾイスはもともと〈護神族〉の次期族長たるにふさわしい真面目な若者として知られていた。
しかし半年前、現族長が病に臥せった頃から、粗暴なふるまいが目立ち始めたという。厳しい族長の目が届かなくなって、本来の傲慢な気質が表に出たのだろう、というのが村人たちの大方の見方だった。
酒場に入り浸っては代金を踏み倒し、村の若人に喧嘩をふっかけ(これがまた憎らしいほど強かった)、娘たちに卑猥な言葉を浴びせて楽しむなど、彼の乱行は留まることを知らなかった。
もちろん村人たちは怒りと屈辱に震えたが、族長の息子相手に逆らうことはできなかった。彼は遅くに生まれた一人っ子で、母親を亡くしていることもあり、父親にかわいがられて育ったのだ。
ゾイスがどんなことをしているか、病に苦しむ族長の耳に入れるのは、あまりにも不憫なことだった。だからみな、耐えることを選んだ。 -
ゴノム
昼間でさえあんななのに、夜になると、村中で暴れ回ってやがる。外に置いてある樽やら何やらが、夜の間に壊されてんだ。出くわしたら何をされるかわからんからな、もう誰も夜は出歩かんようになったよ。
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ゴノムは、はあ、と大きく息を吐いた。
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ゴノム
昔はあんな子じゃなかったんだがな。
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プグナ
ぷう。
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プグナは、慰めるような声を上げた。
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その日の夜、ゾイスはいつものように外をうろついていた。
ゴノムがプグナに語ったように、出歩く者の姿はない。嵐が去るのを待つように、みな家にこもってしんと寝静まっている。半年前なら灯りがついていた酒場も、夜中にまでゾイスに来られてはかなわんとばかり、「閉店」の札を出していた。
こぢんまりとした素朴な村の中を、ゾイスはぶらぶらと歩く。
右手に角灯 、左手に楯。腰には肉厚のだんびらという物騒な出で立ちだ。喧嘩を吹っかける相手を探すように、あちこちをじろじろと見回し、村の端から端まで行ったり来たりする。
ばさり、と大きな羽音が響いた。
顔を上げると、夜空を埋め尽くす星々の一部が、黒い何かに喰われていた。それは、ばさりばさりと分厚い翼をはばたかせ、ゆっくり村の中央に降りてくる。
月光が、その驚くべき肢体を照らし出した。
鷲の上半身と、獅子の下半身を持つ魔物。
鷲獅子 であった。