喰牙RIZE3 -Fang-O’-Blazer- サイドストーリー
「ユウェル篇」
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何を考えているかわからない。それが連れに対する印象だった
旅の途中で立ち寄った、小さな街の小さな宿。ミハネは、〝煮崩れた野菜のドロドロスープ〟とでも名づけられて然るべき代物を淡々と匙 で口に運んでいる。
うまい、とも、まずい、とも言わない。出されたものを残さず食べるのが自らの使命だとでも言わんばかりに、黙々と食べている。
ユウェルも同じスープを匙ですくい、食べてみた。まずい。いったい何を入れてどれだけ煮込んだんだと問い詰めたくなるような、不可解かつ混沌たる味わいが、どろどろと喉にこびりつく。量を増すのに変な野草でも入れたのだろうか。絶妙に〝食えないほどではない〟ぎりぎりの味なのが腹立たしい。路銀の残りを考えて、安いスープを頼んだことを心から後悔した。 -
ユウェル
(おまえも止めろよ)
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向かいの席に座るミハネを、恨めしく睨みつける。
ミハネは、ユウェルの決定に対していっさい異議を挟もうとしない。その姿勢には、常日頃から苛立ちが募っていた。いつも自分が正しい判断を下せる自信などユウェルにはない。このスープがいい例だった。 -
ユウェル
(俺はネザン師じゃないんだ)
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わめきたくなる衝動を、どろどろのスープで抑えつけ、ぬるいワインで強引に流し込む。
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ミハネ
……む。
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ふと、ミハネが顔を上げた。
視線は、宿の入口に向いている。新たな客が入ってきたところだった。食事に来ただけなのか、宿のカウンターを素通りして食堂に向かう。
男は、すたすたと迷いなく足を進め、ユウェルとミハネのテーブルに着いた。
テーブルは他にいくらでも空いている。ユウェルが顔をしかめるのも構わず、男はぼそりとミハネに声をかけた。 -
男
〈呪具盗り〉ミハネだな。
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ユウェルは思わず目を見開いた。ミハネは不愉快そうに眉根を寄せ、研ぎ澄まされた刃物のような眼差しで男を睨めつけた。
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ミハネ
もう足を洗った。
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男
ほう。惜しい話だ。呪具蒐集家の間じゃ有名なんだぜ。ミハネかバルチャスか、ってくらいによ。
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どん、と鮮烈な音が響いた。
男が、愕然と凍りつく。彼の眼前――テーブルの上に粗末な食事用のナイフが突き立っていた。ミハネが自分のものを手に取り、投げ放ったのだ。 -
ミハネ
くどい。消えろ。
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男
そうした方がよさそうだ。せっかくいい情報が手に入ったんだがな。この近くを根城にしてる野盗の頭領が、〝最強の呪具〟を持ってるって話だ。金さえ払ってくれりゃあ情報を提供するってのに。
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ミハネの眉が、ぴくりと動く。男は意地の悪い笑みを浮かべ、くるりと彼に背を向けた。
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男
気が変わったんなら俺の部屋に来てくれ。邪魔したな。
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そして、宿のカウンターに向かい、速やかに部屋を取った。
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男
二階の、いちばん奥の部屋だな?
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聞こえよがしに復唱し、ちゃらちゃらと鍵をもてあそびながら階段を昇っていく。
その後ろ姿を、ミハネは凝然と見つめ続けていた。 -
ユウェル
……おい。どうする気だ。
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ミハネ
なにがだ。
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ユウェル
今の話だ。まさか乗る気じゃないだろうな。
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ミハネは答えず、黙り込んだ。
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ユウェル
おまえ――!
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ユウェルは、かっとなって立ち上がった。周囲の視線も構わず、拳を握って怒鳴り声を上げる。
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ユウェル
まだ力が欲しいのか? ネザン師が何を思っておまえを――
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ミハネ
奴の話が本当なら、危険だ。
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ミハネは、静かにユウェルの言葉を断ち切った。
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ミハネ
強力な呪具を、悪しき使い手の元に置いておくわけにはいかない。
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ユウェル
ネザン師の代わりをやろうっていうのか?
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ミハネ
しなければならない。
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ミハネの相貌に、ふと辛酸の色がかすめた。
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ミハネ
師に報いるためには。
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ユウェルは沈黙し、やるせなく椅子に戻った。
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ユウェル
(本心からそう思っているのか? それとも呪具が欲しいだけか?)
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わからない。ミハネの表情は鉄のように硬く、何を考えているのか読み取らせようとしない。
〈呪具盗り〉ミハネ――強さを求め、禁断の呪具を持ち主の命もろとも奪ってきた男。
彼はユウェルが師と仰ぐ〈號食み〉ネザンの前に現れ、ネザンが封印してきた呪具や禁具を奪おうとした。
ネザンは、ミハネが魔刀〈マガシシムラ〉に精神を支配されていると見抜き、解呪を敢行――見事、〈マガシシムラ〉の呪縛を断ち切り、ミハネを正気に戻してみせた。
代償は大きかった。解呪の影響でネザンは衰弱し、やがて死に至った。
危険な呪具を集め、封印するのは〈號食み〉の使命のひとつである。ユウェルは、ネザンが封印してきた呪具を〈號食み〉の聖地に届けるべく旅に出た。解呪を受けて以来ネザンの護衛を務めていたミハネも強引についてきた。
卓越した武技の使い手であり、護衛としては申し分ない。しかし、何を考えているのかわからない男を連れ合いとするのは、なんとも気の滅入る旅路だった。
いずれにしても、彼の言うことはもっともだ。ネザンが生きていたなら、どうにかして件の呪具を回収しようとしただろう。 -
ユウェル
わかった。あいつの話を聞くとしよう。
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ミハネは何も言わず、また黙々とスープを口に運んだ。