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ゾイス
くおっ。
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首のひとつが、カッと口を開けて喰らいついてくる。いつか鏡で見た、魔人の顔そのものだった。
ゾイスは地面に身体を投げ出すようにしてかわし、ごろごろと横転――自分で捨てた楯に辿り着き、拾い上げると同時に掲げた。ぎりぎりのタイミングで、魔人の首の突撃を受け止めるが、「ぐうっ」圧倒的な力に吹き飛ばされてしまう。
そこへ、さらにみっつの首が伸びた。起き上がろうとするが、間に合わない。ゾイスは恐怖と戦慄に眼を見開く。 -
プグナ
ぷうっ!
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瞬火瞬閃。
電光のごとく割って入ったプグナの拳が、三方向からの嚙みつきを立て続けに弾いてのけた。 -
プグナ
〝天聖拳・覇皇極雷撃〟!
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雷気をまとった双拳が、円を描いて空を撃つ。どん、と震えた虚空に蒼い火花が瞬いたかと思うと、それは荒れ狂う紫電と化し、猛然と渦を巻いて直進した。みっつの首が巻き込まれ、雷撃と衝撃の渦の中で、ぎゅるりとねじれて四散する。
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ゾイス
クソすげえ!
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ゾイスは称賛と共に起き上がり、腰の剣を抜き放った。
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ゾイス
あんたを見てると、血がたぎってしょうがねえ!
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横合いから首が来る。ゾイスは楯を叩きつけるようにしてこれを受け流し、「うらあっ!」その勢いを借りて回転しながら、渾身の力を込めて剣で薙ぎ払った。〈護神族〉の本領たる剛力を活かし、分厚い装甲を打ち砕きながら肉を裂く。
一方で、怪物は無数の尾を伸ばし、プグナに向かって驟雨のごとく降らせていた。プグナは滑るような足取りで大地を馳せ、降りしきる槍雨から逃れる。 -
プグナ
ライズ――〈武骨闘神〉!
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〝顔あり〟の呪具が新たな呪装符を喰らう。プグナは足を止め、天地に拳を捧げるような構えを取った。隙ありとばかり怪物の腕が何本も殺到する。
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プグナ
〝真・猛虎乱舞〟!
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ばぢん! プグナの拳が上下に合わさるや、凄まじいまでの雷華が咲いた。天地の雷気を束ねて混合し、真正面へと解き放ったのだ。猛虎の吼えるがごとき轟きとともに、雷の輝線が怪物の腕をまとめて塵に変えていく。
怪物が悶えた。効いている! ゾイスは猛り立って剣を振るった。首の一本に二度、三度と斬りつけ、ついにこれを斬り飛ばす。 -
村人
うわあああぁああっ!
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たまげるような悲鳴が背後で上がった。ゾイスはハッとして目線をそちらに向ける。
戦いの音から、さすがに只事ではないと判断したのだろう。数人の男たちが家から飛び出し、思いもよらない怪物を目の当たりにして愕然となっていた。 -
ゴノム
ゾイス!
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両手持ちの戦斧 を手にしたゴノムが、一直線に駆け寄ってくる。 -
ゴノム
なんだこいつは! いったい何が――
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その背後から、ぐうんと伸びた首が迫るのをゾイスは見た。
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ゾイス
危ない!
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咄嗟に飛び出し、楯をかざした。魔人の顔の突進を、再び正面から受け止める。先ほどと違い、今度は心の準備ができていた。うまく角度をつけて逸らし、思いっきり蹴り飛ばす。
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ゾイス
見ての通りの化け物だ! 危ないから下がってろ!
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ゴノム
危ない、って――
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腕が二本、挟み込むようにふたりを襲った。「おおっ!」「ちぇいっ!」ふたりは背を向け合うようにして得物を振るい、いずれ劣らぬ剛力で腕を叩き斬る。
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ゴノム
おまえ、まさか、ずっとこんなのとやり合ってたのか!?
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ゾイス
まさか! こんなでかいのは初めてだ!
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首。腕。尾。大半はプグナが単独で相手取っているが、ついでとばかりにこちらに目移りするものもあった。ゴノムとゾイスは呼吸を合わせ、連携してそれらを打ち落とす。
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ゴノム
じゃあ、なんだ! 一昨日うちの樽を壊したのは、これの小さいのか!
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ゾイス
それは俺だ! 飛び道具にした!
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ゴノム
あきれた奴だ!
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ゾイス
仕方ないだろ! 矢が錆びてた!
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ゴノム
そうじゃない! こんなことを隠していたとはな!
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だんびらと戦斧が怒涛と唸る。近づくものを薙ぎ払い、あるいは楯で防ぎ止める。
堅固なる守りをなすために鍛え上げた肉体が、今、人生最大の真価を発揮していた。 -
ゴノム
後で話してもらうぞ!
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ゾイス
生き残れたらな!
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ゴノム
俺が守ってやる! おまえはツケがたまってるんだ!
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勇ましい鬨の声が、ふたりの言い合いを遮った。村の戦士たちが、手に手に武器や楯を携え、一丸となって駆け込んできていた。