喰牙RIZE3 -Fang-O’-Blazer- サイドストーリー
「プグナ篇」
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ゾイス
クソまずい!
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罵声とともに皿が飛び、乗っていた料理を床の上にぶちまけた。
酒場に集まった客たちは、またか、という顔でため息を吐く。
この村――〈不屈の護神〉をトーテムとする〈護神族〉の集落における、唯一の酒場である。元は普通の長屋だったが、先代の主人が自宅を憩いの場に改造し、開店した。以来、すっかり村人行きつけの店となり、老若男女が昼夜を問わずやってきては、店主の家系に代々伝わる名物料理と地酒に舌鼓を打ち、雑談に興じる場となった。
そこに〝族長のドラ息子が入り浸って暴れる〟という新たな風物が加わったのは、ここ半年のことだ。 -
ゾイス
こんなまずいメシで金を取ろうなんてよ、ふざけてんのか、おお?
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〝ドラ息子〟ゾイスは、どん、と乱暴にテーブルを叩き、食事中の人間が顔をしかめるような罵詈雑言をわめき散らした。数人の客が、そそくさと席を立つ。
たまりかねて店主が出てきた。 -
ゴノム
ウチはずっとこの味でやってきたんだ。口に合わんなら、よそで食ってくれ。
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ゾイス
よそ? よそってどこだい、ゴノムの旦那。料理を出す店はここだけだ。それが次の族長である俺の口に合わんというのは、由々しきことじゃないのか、ええ?
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ゴノム
先代も、今の族長も、ウチの料理をよく褒めてくれたもんさ。
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ゾイス
次の族長は俺だ。俺に気に入られたかったら、俺の口に合う料理を作ってみせな。
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ゾイスはペッと床に唾を吐き、乱暴にきびすを返した。
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ゴノム
ゾイス。お代は。
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ゾイス
誰が払うかよ、こんなクソまずいメシに。
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ゴノム
使命を忘れたのか。規律と秩序を守ることこそ、俺たち〈護神族〉の使命だ。
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ゾイス
クソまずいメシで金を取ろうなんてふざけた奴こそ、規律と秩序に対する反逆者だ。一銭だりとも払うもんかよ、クソ店主。
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店主ゴノムは、無言でゾイスを見下ろした。
〈護神族〉は屈強な体格で知られる氏族だ。その例に漏れず、ゴノムは雄牛が魔法で人に変えられたと言われても納得できるほどの偉丈夫である。ゾイスも鍛えられた肉体の持ち主だったが、いかんせんまだ十六を数えたばかりの若造。体格も身長もゴノムに一回り劣っている。
しかしゾイスは、それがなんだと言わんばかりにゴノムの爪先をぎゅうっと踏みつけ、とんとんと分厚い胸板をつついた。 -
ゾイス
この店は、族長家の出資があるからやっていけてるんだ。俺に逆らうってのがどういうことか、おまえは足りない頭で考えてみた方がいいんじゃないのか、ええ?
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ゴノムは唇を結び、額に青筋を浮かべながら、屈辱に耐えた。
気を良くしたゾイスは軽薄な笑いを上げ、テーブルの縁に片足をかける。 -
ゾイス
テーブルがよ、多すぎるんだよ。もっと減らして、料理の質を上げろってんだ。
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足をテーブルの下に潜らせ、思いっきり蹴り上げた。なかなかの脚力だった。テーブルが横倒しになり、乗っていた食器やナイフが床に散乱する。
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ゴノム
ゾイス。
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ゴノムが押し殺した声を上げた。ゾイスは鼻で笑い、他の空いたテーブルに向かう。
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ゾイス
これもだ。これもいらねえ。
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そのテーブルも思いっきり蹴り倒し、意気揚々と次のテーブルへ――
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プグナ
おやめなさい。
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静かな声が、ゾイスの動きをぴたりと止めた。
彼が向かった、次のテーブルの客。その口が、食事を止めて発したものだった。
ゾイスは眉をひそめ、そいつを睨みつける。 -
ゾイス
なんだ、てめえ。よそもんかよ。ふざけたナリしやがって。
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風変りという言葉では片づけられない見た目をしていた。
亜人の一種だろうか。子供の身長ほどもない、小さく丸っこい体躯を、ふわふわとした黄色い毛並みが覆っている。手足はちんまりとしていて、指があるのかどうかすらよくわからない。かわいらしい、と言ってもいい見た目だが、兎を思わせる顔面にかけた大きな黒眼鏡 が、妙な貫禄を醸し出している。 -
プグナ
おやめなさい。
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もう一度、彼は言った。穏やかな口調だったが、有無を言わさぬ威圧感があった。ゾイスが思わずたじろぎ、無意識に後ずさってしまうほどに。
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ゾイス
……けっ。しらけちまうぜ。
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気圧された、ということを隠すように悪態をつき、ゾイスは早足に店を出て行った。
店内に、ホッとした空気が漂う。
やれやれとばかり頭を振って、ゴノムは奇妙な旅人に礼を述べた。 -
ゴノム
助かりました、お客さん。ありがとうございます。
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旅人は構わない。と言うように首を振り、ただ、
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プグナ
ぷう。
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とだけ、言った。