-
ゾイスはあわてて変異を解いた。こちらまで攻撃されてはかなわないと思ったのだ。
しかし旅人は――後にプグナという名だと聞いた――魔人の姿のゾイスを見ても微動だにせず、ただじっと立っているだけだった。 -
ゾイス
あんた、強えな。あんなのを簡単に倒しちまうなんて。
-
声をかけても答えない。
黒眼鏡 の奥から(夜でも見えるのだろうか?)じっとこちらを見つめる。 -
ゾイス
ええと……
-
いたたまれなくなって、ゾイスは頭をかいた。
-
ゾイス
なあ。あのさ。今のこと、みんなには内緒にしてほしいんだ。
-
プグナ
ぷう?
-
プグナは首をかしげる。〝いったいどういうことなんだ?〟というニュアンスだろう。
事情を話すべきかどうか、ゾイスは迷ったが、黙っていてもらうためにも腹を割ろうと決めた。 -
ゾイス
半年前から、ああいう怪物が夜な夜な村に現れてるんだ。前はもっと弱かったんだが、だんだん強くなってきてる。
-
プグナ
ぷう。
-
ゾイス
ちょうど親父が倒れた頃さ。俺は偶然、夜の見回り中に見つけて、戦って……負けそうになったとき、旅の魔道士がこいつをくれた。試作品だからもういらない、とかなんとか、よくわかんないことを言ってたけど。
-
ゾイスは、先ほど使った呪装符を見せた。
-
ゾイス
ただの呪装符じゃない。〝顔あり〟なしでもライズできるし、クソ強え魔人に変異して、すごい力を発揮できるんだ。これなら怪物とも戦える。でも――
-
プグナ
ぷう?
-
ゾイス
こいつは、怒りや恨みを力に換えるんだそうだ。だから俺は、あえて恨みを買うようなことをして、戦う力にしてる。その……わかるだろ? 昼間のあれだよ。
-
プグナ
ぷう。
-
得心がいった、とばかりにプグナはうなずく。話のわかる相手で、ゾイスは心底ほっとした。
-
ゾイス
だからさ。このことを話されちゃ困るんだ。みんなには俺を恨んでもらわないと。今日の敵は、魔人の力を使ってすら危なかった。今後も村を守るためには――
-
プグナ
ぷう。
-
突然、プグナが呪装符を指(?)差した。
-
プグナ
ぷう。
-
そして、次に地面を指差す。
-
ゾイス
これを置けって?
-
プグナ
ぷう。
-
プグナは、重々しくうなずいた。
なんだろう、と思いつつゾイスが言う通りにすると、プグナは、どこからともなく小さな人形を取り出し、すぽりと両手にはめた。
そして、さらにどこからともなく取り出した呪装符を、片方の人形の口に喰わせる。 -
プグナ
ライズ――〝目覚めし天聖拳〟!
-
カッ、と雷のごとき閃きがプグナの両手に宿った。ゾイスは驚きに目を見張る。
-
ゾイス
(〝顔あり〟の武器!)
-
呪装符を喰らい、込められた力を解放することのできる特殊な呪具。プグナは、それを使って魔人の呪装符の何かを調べようとしているのか――
-
プグナ
ぷう!
-
拳が、雷のごとく呪装符に振り落ちた。
地面が激震し、呪装符が割れた。 -
ゾイス
え。
-
そう。割れた。
ものの見事に真っ二つだった。 -
ゾイス
――っておい! な、な、何してんだあんた! ちょ、えええ、なんてことすんだよ!
-
思わずゾイスがプグナの胸倉(?)をつかんで食ってかかると、
-
プグナ
ぷう。
-
プグナは、見ろ、とばかり、割れた呪装符を指し示した。
ぶわっ、と。タコが墨を吐き出すように、呪装符の断面から黒い霧状の魔力が噴き出す。
それは歪み、うねり、ねじれ、悶えながら、膨らみ、広がり、肥大化して、腕を、足を、胴を、首を、翼を形作っていく。無数に。
ゾイスは、あんぐりと口を開けた。その間に、黒い魔力は完全に実体化していた。
無数の首と無数の腕と無数の足と無数の胴と無数の翼を持ち、先ほどのグリフォンの数倍の大きさを誇る怪物。
それが、鳥の群れが一斉に鳴くように、無数の咆哮を上げた。 -
ゾイス
なんだこいつ――なんでこんなものが――
-
プグナ
ぷう。
-
茫然となるゾイスの隣で、プグナは戦いの構えを取っている。
-
プグナ
ぷうぷう。
-
言葉の意味はわからなかったが、気をつけろ、というニュアンスだけは感じた。
ゾイスの理解力を肯定するように、怪物が、無数の首を伸ばしてきた。