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かちゃり、と軽い音を立てて鍵が外れた。男は小さく息を吐き、扉の鍵穴に差していたピックを懐に戻す。
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男
ここでさあ、姉さん。
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扉を開くと、粗末な宿の一室があらわになった。
〝それなりに清潔で使えればいいだろう〟というぞんざいな思想のもとに手入れされた二人部屋である。飾り気のない部屋の奥に、藁を敷き詰めたベッドが置かれている以外は、家具らしい家具すらない。
部屋の片隅に、大きなずだ袋が放置されている。この部屋を借りた人物が置いていったものだ。 -
エネリー
ふうん。大事なものを置いていくなんて、そりゃあなんとも不用心――
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エネリーは、ゆったりとした足取りで部屋に入り、ずた袋に近づいた。
そっと指を触れようとすると、ばちりと魔力の紫電が走る。触れるものすべてを拒む、魔法の結界だ。 -
エネリー
――ってわけでもないみたいね。けど。
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にんまりと笑い、懐から
短杖 を取り出す。
それでコンコン、とつついてやると、結界全体にヒビが入り、あっけなく砕け散った。
エネリーは満足げにうなずき、今度こそずだ袋に触れる。
中身を確認した女の顔に、恍惚とした笑みが広がっていった。 -
エネリー
間違いないわね。〈封呪槍〉。この中に〈號食み〉の集めた呪具や禁具が眠ってるのかと思うと、興奮で胸がはちきれそう!
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男
そりゃよかった。俺も仕事した甲斐があるってもんです。
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ミハネとユウェルに呪具の情報を流し、〈封呪槍〉から遠ざけるのが彼の役目だった。
彼らも空き巣に入られる可能性は考慮していただろうが、まさか魔法の結界をたやすく打ち破る禁具を持つ空き巣がいようとは、さすがに思ってもいなかっただろう。
そもそも、丘の野盗たちに禁具を授けたのも、このエネリーという女の仕業なのだ。それも、面白い実験ができそうだから、という理由で。 -
エネリー
じゃ、さっさとずらかろうかしら。
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男
報酬、忘れねえでくださいよ。
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エネリー
抜け目ないわねえ。あいつらからも情報料をふんだくったんでしょうに。
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エネリーは、ずた袋を抱えて部屋を出た。
扉を閉める音が、部屋に冷たくこだました。