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誰も使っていない粗末な天幕に放り込まれた。
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ベデン
飯の準備ができたら出てこい。正式に俺の部下にしてやる。
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ベデンは揚々と告げ、外に見張りを残して出て行った。
武器を取り上げられることも、縛られることもなかった。ベデンの自信のあらわれだ。
少しして、ミハネが呻き声を上げ、目を覚ました。 -
ミハネ
……負けたのか。
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ぼそりと言って、こちらに視線を向けてくる。ユウェルは嘆息して頭を振った。
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ユウェル
奴は呪具を持っていなかった。
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ミハネ
なら、実力か。あれほどの猛者がいるとは。
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ユウェル
そんなに強いのか、あいつ。とてもそうは見えないが。
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ミハネ
達人であればあるほど、己の強さを見せないものだ。あの男も、その類だろう。
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わずかに目を伏せたのち、ミハネは再びユウェルを見た。
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ミハネ
どうする。
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ユウェル
どうもこうも。とっととおさらばするしかないだろう。呪具を持ってないんじゃ封印もへったくれもないし、とっちめるにも勝てなきゃしょうがない。
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ミハネ
だめだ。放っておけば人を襲う。ここで倒さなければならない。
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強い意志を込めて、ミハネは言った。ユウェルの言うことに反駁したのは、ネザンが亡くなってから初めてのことだった。
得体の知れない怒りが込み上げ、ユウェルは声を荒げた。 -
ユウェル
ああそうか。おまえもとうとう、俺に愛想が尽きたってわけだ。
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ミハネ
なに?
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ユウェル
そりゃそうだ。頼んだスープはまずいし、立てた作戦は失敗だ。俺だってそんな奴は信用しない。
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ミハネ
ユウェル――
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ユウェル
俺はネザン師じゃないんだ!
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叫ぶ。カッと全身の血が昂り、沸騰するような心地がした。
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ユウェル
ネザン師ほどの知識も判断力も度胸もない! 間違わずになんていられるか!
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ユウェル
おまえだって悪いんだ! なんでも俺の言う通りにしやがって! それで俺が間違えたら俺のせいか? 間違ってるならそうと言え! 言ってくれよ――頼むから!
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ネザンが生きていた頃は、ネザンの判断に従えば良かった。禁具絡みの事件は、判断を誤れば死に直結することも多い。ネザンは冷静で、知識にあふれ、機知に富み、そして自信に満ちていた。ユウェルはただ指示通りに最善を尽くせばよかった。
なのに、今は自分の判断で決めなければならない。こんなに恐ろしいことはなかった。
持っている知識を総動員しても、己の決断が正しいかどうかはわからなかった。いつも手探りで、不安だった。これでいいか、穴はないか、考え違いはしていないか――
誰かに助言してほしかった。だがミハネは何も言ってはくれなかった。それが無性に腹立たしかった。
ユウェルの叫びを、ミハネは黙って聞いていた。刃のような双眸が、情けなくわめく青年の姿を冷たく映し出している。
馬鹿にしているんだ――ユウェルは自嘲した。こいつはいつも言うことを聞くふりをしながら、俺のことを馬鹿にしているんだ。それ見たことかと。おまえごときにネザン師の代わりが務まることかと。
叫ぶだけ叫んで、ユウェルは黙った。荒い息遣いが天幕の中にこだました。無様だ、と思った。いっそ笑い出したくなるほどに。
ややあって、ミハネが口を開いた。 -
ミハネ
ユウェル。
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ユウェル
なんだよ……
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ミハネ
俺は、おまえが間違っていると思ったことはない。