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ミハネは、ゆるりと刀を構えた。
野山に流れる小川のように静かな、それでいて揺るぎない力を感じさせる構えだ。
対してベデンは、ふんすと鼻から息を吐き、威嚇するように剣を振り上げる。
武術に関して門外漢のユウェルから見ても、ふたりの実力差は明らかだった。
鍛え抜いた肉体を、磨き上げた技術でぴしりと制御するのがミハネなら、欲望に任せて膨れ上がった肉体を、技もへったくれもなく乱暴に動かしているのがベデンだ。心・技・体、どれを取っても雲泥の差がある。
しかし、ベデンの顔には余裕の笑みが浮かんでいた。 -
ベデン
俺は強いぜ。てめえなんかより、ずっとずっとな。
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ミハネは答えず、自ら踏み込み、打ち込んだ。
鮮烈な一刀がベデンの右肩へ袈裟懸けに吸い込まれていく。本人に自覚はあるまいが、それはもはや一個の芸術だった。流麗にして雄渾なる烈刀に、見る者すべてが目を見張る。 -
ベデン
うおっ。
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ベデンが戦慄の表情で剣を掲げた。遅い。間に合うはずもない。よしんば間に合ったとしても、構えた剣ごと斬り下ろされるだろう。
だが、ベデンは受け切った。
肩口まで掲げた剣で、ミハネの刀をがきりと止める。おお、と野盗たちがどよめきをもらした。ミハネもまた、まさかとばかりに目を見開いていた。 -
ベデン
ふん!
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ベデンが、力ずくでミハネの刀を跳ねのけた。さらに、かさにかかって剣を繰り出す。
でたらめかつむちゃくちゃに剣を振るっているようにしか見えないが、ミハネは顔にはっきりと緊迫の色を刷 き、後ろに下がりながら辛うじてそれらを受け流した。
野盗たちの野太い歓声が響くなか、ベデンはますます盛んに斬りつけた。ミハネは反撃もできず、防戦一方に追い込まれている。 -
ユウェル
(馬鹿な)
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ベデンの呪具を解析する魔法をこっそり使いながら、ユウェルは信じられない思いでいた。あのミハネが、手も足も出せないなんて。
〝最強の力を与える呪具〟――これがその力なのか。 -
ユウェル
(あいつ、どうして逃げないんだ)
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このままではやられてしまう、なのに――そこまで考えて、ユウェルはハッとなった。
『合図をしたら撤退』。あまりの事態に忘れていた。ミハネは合図を待っているのだ。 -
ユウェル
ミハネ!
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叫んだときには、遅かった。
ベデンの渾身の前蹴りが、ミハネのみぞおちにまともに入った。ミハネは愕然と目をむき、その場にくずおれた。手放した刀が地面に落ちて、がしゃりと激しい音を立てた。
場が湧いた。「ベデン! ベデン!」「俺たちのベデン!」屈強な男たちの称賛と信頼の叫びに、ベデンは腕を挙げて答える。
ユウェルは茫然と立ち尽くした。そのときようやく、魔法による解析の結果が出た。
ベデンは、呪具のひとつも持ってはいなかった。