BGMを再生する
ミハネが追っ手を全員殴り倒した頃には、ユウェルの解呪も終わっていた。
宝玉は光を失い、くすんだ色合いで沈黙している。ユウェルは封呪の魔法を仕込んだ帯で何重にも宝玉をくるみ、頑丈な箱に入れてしっかりと施錠した。
ユウェル
たとえ捨てても、他人のあわれみを利用してなんだかんだ戻ってくる類の代物だが、きちんと因果を断っておいたから、今回はもう大丈夫だろう。
作業の間、ずっとしゃべり通していたユウェルだったが、集中していたのは確からしい。
全身に、びっしょりと汗をかいている。心なしか、少しやつれたようにも見えた。
ユウェル
こんな危険な代物を持ち歩いた挙句、簡単にスられるなんて、いったいどこのアホだ。俺の人生に関わるアホはひとりで十分だぞ。
ミハネ
アホと関わると大変だな。
ユウェル
そうだな。特に皮肉も通じないアホと一緒にいるとな。
戻ってきたミハネは、なんのことかわからない、という顔をしている。
兵士や傭兵も含め、二十を超える大人を殴り倒したというのに、まるで平然としたものだった。
しかし、さすがに無傷ではない。腕や足のあちこちに切り傷を負っているのが見えた。
うわあ、とクーナは震えたが、ミハネは慣れた手つきで包帯を取り出し、手早く止血を施していく。
ミハネ
鍛錬が足りなかった。手狭な場所でも刃をすり抜けられるようにならなければ。
ユウェル
ま、さすがに人込みで切りかかってくる奴はいないからな。
ミハネ
そういう人込みがあればいいんだが。
ユウェル
あってたまるか馬鹿野郎。
この人たちはいったいなんなんだろう、とクーナは不思議に思った。
ユウェルの話は半分もわからなかったが、どうやら、自分を助けるために来てくれたのはまちがいないらしい。それも、あの宝玉の力であわれんでくれたのではなく――大嘘で銀貨をせびられたと知っていてなお、クーナの苦境を察し、殺意の刃に立ち向かったのだ。
なぜ、そんなことができるのか。どうして、そんなことができるのか。それが、クーナには不思議でならなかった。
クーナ
お兄さん。
クーナは、手当を続けるミハネに呼びかけた。
クーナ
どうして、あたしを助けてくれたの?
ミハネは、ちらりとこちらに目を向けて、淡々と答えた。
ミハネ
許せなかったからだ。
クーナ
へ?
ミハネ
自分で磨いたわけでもない力に頼り、調子に乗って人を利用する。
そんなことを、喜々としてやっているのが、許せなかった。
え、正義感とかそういうのじゃないの? とクーナが戸惑うなか、ミハネは静かに続ける。
ミハネ
そんな生き方をしていいわけがない。すぐ落とし穴にはまるに決まっている。
そんなこともわからず大喜びしているのが許せなかった。だから来た。
クーナ
そ――そこまで言うことなくない!? どんだけあたしが苦労してきたと思ってんのさ!
ちょっとくらいいいことあったっていいじゃんって思うじゃん!
ミハネ
幸運は己の力で勝ち取るべきものだ。なのに、あんな宝玉に頼ろうとするふぬけた根性が気に食わん。
だいたい、働き口くらい探せばなんとかなるだろう。さっきも言ったが、俺の泊まっている宿の主が――
クーナ
何よもうあんたちょっと強いからって調子に乗って言いたいことぽんぽん言うだけ言っちゃってえ!
ああでもその宿の話はちょっと聞かせてそれどこの宿!?
わめく少女と、静かに切り返すミハネを見やりながら、ユウェルは小さく嘆息した。
彼女のしたことを、ミハネが〝許せない〟〝気に食わない〟と思ったのは、彼が自分にも他人にも厳しいタチであるからだが、決してそれだけではない。そういうものを許してはならない――そんな風に考えざるを得ないような出来事が、過去にあったからだ。
それを説明すれば、少しはあの少女の態度も軟化するかもしれないが、別にミハネはそんなことを望んではいないだろう。とにかく極端な男なのだ――信念を貫くためなら、人にどう思われようが構わないと思っている。少しは気にしないと会話がうまくならんぞ、と言ってはいるのだが。
ユウェル
アホと関わると、本当に疲れる。
ユウェルは、路地の壁にぐったりと身を預けた。
疲労のあまり眠ってしまいたかったが、ミハネの考えなしの言葉に怒る少女の怒声が、それを許してくれそうになかった。
SOUND
喰牙RIZE サイドストーリー
本コンテンツは「音声」「BGM」をお楽しみいただけます。
音声設定を「SOUND ON」にしますか?