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ユウェル
殺すなよ、ミハネ。善意の第三者だ。
ミハネ
わかってる。
ユウェルに答え、ミハネはすばやく前に出た。
泣きながら斬りつけてくる兵士の剣を弾き、足を払って転ばせる。
そこへ傭兵が斧を振り下ろしてきたが、これは体さばきでかいくぐりざま、喉首に手刀をくれて黙らせた。
鋭く空を裂く音が響いたときには、手にした剣を振り抜いている。路地の入口から衛兵が放った矢が、斬り払われて地面に落ちた。
細い路地で、複数の敵と渡り合うにはコツがいる。
路地の狭さゆえに、一度にかかってくる敵の数は限られるが、こちらの取れる動きも制限されるのだ。襲いかかってくる敵の群れをわずかな動きでさばくには、何より相手の呼吸をはかり、タイミングを見切る技術が必要だ。
ミハネ
鍛錬の成果を見せるときだな。
誰にともなくつぶやいて、ミハネは飛び込んできた大道芸人と浮浪者を無造作に殴り倒した。
彼が追っ手を防いでいる間に、ユウェルはクーナの傍らにしゃがみ込み、短く呪文を唱えた。
すると、彼女が大事に握りしめていた宝玉が、ぼうっと淡い光を放つ。
ユウェル
やはり禁具か。持ち主に対するあわれみを呼び起こす――そんな禁術が封じられている。
目をぱちくりとさせるクーナの前で、早口に続ける。
ユウェル
あわれみは、人間に限らず、あらゆる動物が持つ共感作用の一種だ。
ネズミだって仲間がひどい目に遭っているのを見たら助けようとする。種を存続させるための本能だな。
もともと備わっているものを極端に肥大化させるだけだから、人を操るよりも簡単ではある。
言いながら、謎めいた魔法陣の書かれた紙やら小さな宝石やらを取り出し、クーナの周囲に並べ出す。
ユウェル
しかしこいつは度が過ぎる。行き過ぎたあわれみが生み出すのは、早い話が〝良かれと思ってのありがた迷惑〟だ。
彼らは君に対するあわれみを極限まで強化された結果、ひとつの結論に辿り着いている――〝かわいそうだから殺してあげよう〟と。
生の苦しみからの解放こそ、他の何にも換えがたい最大の慈悲だからな。
クーナ
そ、そんなのやだよ!
ユウェル
わかってる。だから解呪してやるんだ、じっとしていろ。
精神干渉を防ぎながら解呪するなんて、死ぬほど神経を使う高等技術なんだぞ。
じゃあ黙ればいいのにとクーナは思ったが、ユウェルはぶつぶつつぶやきながら作業を続ける。
その方が集中しやすいタチなのかもしれない。
できることもないので、戦うミハネに視線をやった。
もう十人は打ち倒しただろう。それでもなお止まない追っ手の波を、たったひとりで食い止めている。
殺意にまみれた攻撃を、スッと静かにかわしたかと思うと、突然、猛烈な勢いで突っ込んで一撃で敵を沈める。その繰り返しだ。静から動へ、動から静へ――クーナは、街を貫くように流れる川を思い出した。普段は静かに流れているのだが、長雨で増水すると、とてつもない激流に変わるのだ。
クーナ
お兄さん、強かったんだ。
ユウェル
〈烈刀族〉だからな。強くなることそれ自体が、あいつの使命だ。
馬鹿みたいに素直で純粋で騙されやすい男だが、その分、馬鹿みたいに純粋に強い。
クーナ
あたしも強かったら、こんな苦労しないですんだのに。
思わずつぶやくと、ユウェルがわざとらしく嘆息した。
ユウェル
強かったら苦労しないなんてことはない。
あからさまな嘘に騙されたってわかっているのに、その子供を助けようと自分から修羅場に飛び込んでいくような生き方が、楽なものだと思うか?
クーナは何も言えなくなって、ただ沈黙した。
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喰牙RIZE サイドストーリー
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