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クーナは逃げた。必死で逃げた。夜の街並みを全力で疾走し、灯りのついた戸を叩いては助けを求めた。
クーナ
お願い、助けて! 殺されちゃう!
男
悪漢の手にかかるなんて、かわいそうに! よし、俺が殺してあげよう!
だめだった。誰も彼もが涙を流し、剣や槍や包丁を手に取ってクーナを殺そうとした。クーナは悲鳴を上げて逃げるしかなかった。富豪にもらったばかりの高価な靴が、かかとにこすれて激痛が走ったけれど、足を止めるわけにはいかなかった。
クーナ
なんでこうなっちゃうのよぉ!
涙をこぼし、わめきながら走った。それを見て、追いかけて来る人たちも泣いた。
「泣いている!」「かわいそうに!」「辛いんだね!」「殺してあげる!」善意から来る殺意が膨れ上がり、クーナの背筋をぞっと冷やした。
このあたりはクーナの庭も同然だ。彼女しか知らない抜け道、彼女しか通れない細道もある。そういう場所を使って、なんとか逃げた。逃げたが、善意はどこまでも追ってきた。クーナより不憫そうな浮浪者までもが、泣きながら逃げる彼女を見つけると憐れんで殺しに来るので、どうしようもなかった。
クーナ
あっ。
クーナは立ち止まった。細い裏路地。いつもなら通り抜けられるはずのそこに、折悪しく、何かの木箱が山と積まれている。小さな彼女に乗り越えられる高さではない。さあっと顔が青ざめた。まずい。これはまずい。本当にまずい。
引き返そうとすると、裏路地の入口から大人たちが入ってくるのが見えた。みな、泣いている。泣きたいのはこっちだとクーナはわめきたかった。
富豪
やっと追いついたよ、クーナちゃん。さあ、殺してあげようね。
クーナ
いや……。
クーナは後ずさった。背中が木箱にぶつかる。ここが人生の終着点だと告げるような硬さに、少女は震えた。
クーナ
いや! いや! 死にたくない! 辛くてもいいから! あたし、まだ、まだ、生きてたいの!
ミハネ
なら、働け。
ぼそりと告げる声とともに、黒い影がふたつ躍った。
後ろの木箱を飛び越えて、ひらりと目の前に立つ青年たちの背中を、クーナは茫然と見つめる。
ミハネ
泊まっている宿で聞いてきた。人手が足りないらしい。紹介状なんてなくてもいいから、下働きがほしいと言っていた。
長い剣をずらりと引き抜きながら、影の片方が言った。
こちらに背を向けたまま、顔だけを振り向かせる。
ミハネ
探せば、意外にあるものだ。
鋭すぎる相貌に、月の光が複雑な陰影を這わせていた。
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喰牙RIZE サイドストーリー
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