BGMを再生する
翌日、ユウェルが知り合いの魔道士に会うというので、ミハネも同行することにした。
歩調を合わせて例の大通りを歩くと、ユウェルが意地悪く笑いかけてくる。
ユウェル
よかったな。噂は広まってないみたいだぞ。
ミハネは鼻を鳴らすのみに留めた。
大通りを抜け、待ち合わせ場所である中央広場に出たところで、妙なものを見た。
大の大人が、泣いていた。
ひとりではなかった。
小太りな商人、甕を抱えた主婦、槍を手にした衛兵、派手な服装の大道芸人――性別も年齢も職業もバラバラな大人たちが、みな一様に涙を流している。
「なんてかわいそうなんだ!」「大変ねえ」「世に慈悲はないのか!」「悲しい!」
みな口々に声を上げ、大泣きしていた。
その中心に、ひとりの少女の姿があった。
みすぼらしい服を着て、さめざめと涙をこぼしている。一見、儚い立ち姿という感じだったが、よくよく見ると、どこか堂に入った舞台女優のようでもあった。
クーナ
そうなの。弟が病気で、お父さんは兵役で連れていかれて、お母さんは形見を置いて駆け落ちなの!
あたしにできることっていったら、祈ることだけだわ!
「あわれだ!」商人が号泣した。「せめてお金を置いていこう!」
クーナ
ありがとう。この気持ち、絶対に忘れない。これで明日のパンが買えるわ。
ああ、でも、女の子なのに一張羅しかないなんて!
「かわいそうに!」主婦が絶叫した。「私のスカーフをお使いなさい!」
クーナ
ありがとう。でも、だいじょうぶかしら。
もし悪い大人に襲われたら、みなさんに譲っていただいたもの全部、持っていかれちゃうかもしれないわ。
あたしの腕ときたら、枯れ木みたいにか細いんですもの!
「泣ける!」衛兵が吼えた。「この短剣をあげよう。いざとなったら使うんだ」
クーナ
ありがとう。みなさんいい人ばかりで、あたし、本当に幸せだわ!
「けなげ!」大道芸人が笛を奏でた。「僕が日夜いっしょにいて守ってあげる!」
クーナ
あ、ごめんそれはいらない。んじゃさよなら。
泣いている大人たちに手を振る少女を見て、ミハネがつぶやく。
ミハネ
昨日のスリの子だ。
ユウェル
……この街、アホが多いんだな。
ユウェルは遠い目をしていた。
クーナ
お兄さん!
大人たちから離れた少女が、ふとこちらを見つけた。
ぱっと顔を明るく輝かせ、とてとてと駆け寄ってくる。
クーナ
ありがとう、お兄さん。おかげで弟の駆け落ちがうまくいったわ!
ミハネ
病気じゃなかったのか。
クーナ
あ、そう。そうね。駆け落ちっていう名の病気。んもう、なんでもいいったら!
とにかくあたし、おかげさまで幸せよ!
にこにこと言ってから、ちょっと顔を伏せる。
クーナ
でも、この幸せっていつまで続くんだろう。ちょっと不安になっちゃうの。
この寂しい心、どうしたらいいのかしら。
ミハネ
これで埋めろ。
ユウェル
これで埋めるんだ。
ミハネとユウェルが同時に銀貨を差し出すと、少女は笑顔で受け取った。
クーナ
ありがとう、素敵なお兄さんたち! あなたたちのこと、きっと忘れない! たぶん!
そして、足早に去っていった。
ミハネは眉をひそめて隣のユウェルを見やる。
ミハネ
……おまえもやったじゃないか。
ユウェル
いや待て。おかしい。何かおかしいぞ。これは。
ユウェルは頭を抱え、ぶつぶつとうめいている。
ユウェル
あんな手に引っかかるもんか。でも引っかかった。どういうことだ? いったいなぜ?
ミハネ
おまえにも人の情があったんだろう。
ユウェル
そもそもないみたいな言い方するな。問題はそこじゃない。
あの子は俺たちの精神に干渉したんだ。それはまちがいない。
だが、あんな小さな子が、いったいどうやって――
言葉の途中で、ユウェルは顔を上げた。ミハネもちょうど同じことを言おうとしていた。
ミハネ
禁具をスッた?
ユウェル
禁具をスッた?
それ以外に考えようもなかった。
SOUND
喰牙RIZE サイドストーリー
本コンテンツは「音声」「BGM」をお楽しみいただけます。
音声設定を「SOUND ON」にしますか?