ユウェル
おまえ、ひょっとしなくてもアホだろう。
宿の部屋で顔を合わせた連れ合いは、あきれの極致に達して新たな境地に目覚めたかのような顔で言った。
名はユウェル。禁じられた術の研究を専門とする魔道士の青年だ。ミハネとは年齢も近く、付き合いも長いので、歯に衣着せぬ物言いをするのが当たり前になっている。
ユウェル
そんなの嘘に決まってるだろう。その手の子供の常套句だ。何回騙されりゃ気が済む?
ミハネ
話が嘘でも、困っていたのは本当だ。
ユウェル
そんな調子で金をばらまいてたら、あっという間にむしり取られるぞ。
おまえ、その通りにはもう近づかない方がいいぞ。ガキどもの間で、〝羽振りのいいカモが歩いてる〟って噂になってるかもしれないからな。
ミハネは憮然と押し黙った。
クーナ
今日は大漁だったな~。
少女――クーナは鼻歌混じりに夜の路地を歩いていた。
ちょっとしたアクシデントがあったものの、得意の弁舌で切り抜けることができたし、何よりそのあとで得られた収穫が大きかった。いかにも魔道士でございといった風体で歩いている女から、拳大の宝玉をすり取ることができたのだ。質屋に持ち込めば、一財産になるだろう。そうしたら、こんな暮らしとはおさらばだ。胸が躍って仕方なかった。
クーナ
いくらになるかなあ。
懐にしまっていた宝玉をついつい取り出し、うっとりと撫でる。
隠しておかなければとは思いつつ、この戦利品を愛で回したくてたまらないのだった。
男
おう、ガキ、いいもん持ってんじゃねえか。
背後からかけられた声に、クーナはビクリと振り返った。
粗末な服をまとった男が、下卑た笑みを浮かべてにじり寄ってくる。
爛々と輝く瞳から放たれる視線は、クーナが抱いた宝玉に吸い寄せられていた。
男
なかなかいい代物だ。どれ、ひとつ鑑定してやろう。
クーナは息を呑んだ。まずい。まずいまずいまずい。持っていかれる。せっかく人生を変えるチャンスが巡ってきたのに、こんな奴に持っていかれる! どうしよう。どうしたらいい? 切り抜けなくちゃ。手放したくない。なんとかしなくっちゃ……!
クーナ
ち、違うの。
クーナは震えながら言葉を紡いだ。どんなごろつきにだって、人の情くらいある――そう信じて目元をうるませ、〝最適な角度〟を作って上目遣いに見上げる。
クーナ
これ、あの、お母さんの形見なの。だから、その、ええと……
うまく言葉が出てこない。なんとか切り抜けなくちゃ、と焦れば焦るほど舌がもつれてしまう。
男が表情を変えた。下卑た笑みがスッと消え、ぎらつく瞳に凶暴な色が宿る。
男
つべこべ言ってんじゃねえぞクソガキが!
いいからそれ置いてけってんだよ!
だめだ。こんな奴に人の情なんてあるわけない。どうしよう。
震えるクーナの瞳から、演技ではない涙がぽろりとこぼれ、宝玉に落ちた。
一瞬、チカリと宝玉が光った。かと思うと、ぬうっと男の手が伸ばされた。殺される!
クーナは恐怖でガチガチになったが、その手が首にかかることはなかった。
どころか、ふわりと、頭を撫でてきた。
男
そうか。かわいそうになあ。怒鳴って悪かった。大事にしな。
クーナ
え。
クーナは茫然と男を見上げた。
泣いていた。人の情などあろうはずもないごろつきが。滂沱と涙を流し、慈しむようにクーナの頭を撫でていた。
男
俺もなあ、おまえくらいの頃は大変でなあ。
おまえ、いじめられたりしたらなんでも言えよ。全部、俺が殴り倒してやっから。
クーナは、かちんこちんに固まったまま、
クーナ
(なんだろうこれ……)
わけもわからず、されるがままに頭を撫でられていた。