クーナ
なんて幸せなのかしら!
やわらかな弾力に満ちたベッドに寝転び、クーナは感激の声を上げた。
〈ふにゃふわ族〉の里から取り寄せたという、羽毛よりやわらかな特別製の寝台である。水に飛び込んだように身体が埋まっていくのだが、完全には沈みきらないので、やわらかさのなかに包み込まれる形になる。かつてない安心感に、クーナはうっとりした。
クーナ
お母さんって、こんな感じなのかな。
ぼそりとつぶやく。孤児である彼女にはわからない感覚だった。身寄りのない赤ん坊だった彼女を拾い、育ててくれたのは、路地裏を住みかとするひとりの老婆だ。ひどく痩せて骨ばっていた育ての親の身体を思い出すと、つんと鼻先が痛くなった。彼女が亡くなったのは数年前のことだ。それからずっと、クーナはひとりで生きてきた。
クーナ
ひとりでもいい。今のあたしには、これがあるんだから。
紅の宝玉を取り出し、愛おしくなって口づけする。
これを手に入れてからというもの、クーナの生活は一変した。誰も彼もがかわいそうだ、とクーナをあわれみ、なんでもしてくれるようになったのだ。
最初は町人から物やお金をもらえる程度だったが、もしやと思って大富豪の家に押しかけてみると、いかにも欲深そうな富豪がおいおいと泣いて、こんなすばらしい一室を与えてくれた。
おなかいっぱいごちそうを食べさせてくれたし、女中にていねいに身体を拭かせてくれたし、きらきらした飾りのついた豪華な服まで仕立ててくれた。〝何かの間違いでこんなことにならないかなあ〟と思っていた夢の生活が現実になったのだ。クーナが有頂天になるのは当然だった。
クーナ
あー、報われるなー。苦労してきた甲斐があったなー。
すべては今日という日のためにあったんだなー。
にへらと笑み崩れながら、寝台の上をごろごろしていると、ノックの音が聞こえた。
クーナ
あ、はいはい、どうぞどうぞお構いなく!
富豪がまた何かくれるのかもしれない。クーナはわくわくと答えた。
扉が開き、富豪が入ってくる。少し前まで〝お金以外何も信用する気はありません〟と全力で主張していた顔いっぱいに、あわれみと慈しみの色をたたえて。
富豪
不都合はないかい、クーナちゃん。
クーナ
はい! たいへんよくしていただいて、もう、感無量です!
富豪
そうかそうか。小さいのに大変だねえ。
うんうんとうなずきながら、富豪は指を鳴らした。
すると、剣と鎧で武装した彼の私兵が数人、どやどやと部屋に入ってくる。
クーナは一瞬固まったが、すぐに笑顔を浮かべ直した。
クーナ
あっ、ひょっとして、護衛の方をつけてくれるんですか?
うれしいけどできれば外に――
富豪
君はいろんな人に物やお金をねだっていたそうだね。
ぐすぐすと泣きながら富豪は言った。
思わず固まるクーナに、やはり、うんうんとうなずきながら続ける。
富豪
弟が病気とか、お母さんが駆け落ちしたとか、全部、嘘なんだろう。
いや、いいんだ。いいんだよクーナちゃん。悪いのは君じゃない、そうさせた世の中だ。
君はなんて辛い世の中に生まれ、なんて辛い日々を送って来たんだろう。嘘をついて人を騙さなきゃ生きていけないなんて、なんて悲しいことだろう。
クーナ
いやあの。
富豪
悲しい。とても悲しいなあ、クーナちゃん。この世は悲しい。
どんなにお金を積んだって、君が幸せになれる日は来ないだろう。
クーナ
え、いえ、今もうぜんぜんハッピーで――
富豪
だから。
富豪は言った。あわれみと悲しみの涙を、滝のように流しながら。
富豪
今すぐ殺して、この辛い世の中から解放してあげるからね。クーナちゃん。