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レイル
……ありがと。
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あらぬ方を向いたまま、レイルがぽつりと、そう言った。
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レイル
シューラさんがいなかったら、パパのこと、見つけられなかったかも。
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星が、くっきりと映える夜だった。
レイルとふたり、フレーグの翼にくるまるようにして身を寄せ合っている。シューラが気づいたときには、そうなっていた。凍えてしまわないよう、レイルとフレーグがあたためてくれていたのだ。
黒い剣は槍の中に封じられた――らしい。そう聞いて、うまく行ってよかったと、シューラは心から安堵した。これでモニスの結界が消えても問題はないはずだ。
モニスの遺体は、フレーグが持ってきたずだ袋に納めてあるという。村に連れ帰り、墓地に葬ってやるつもりなのだそうだ。 -
レイル
バカだよ、パパは……
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レイルはうつむき、うめくような嗚咽をこぼした。
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レイル
ひとりで、勝手に……なんにも相談しないで、あんなこと、やっちゃってさ……。
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シューラ
やるしかないって。そう思ったんだよ、きっと。
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星を見上げて、シューラは言った。
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シューラ
山で眠る竜たちのために。村のみんなのために。もちろん、レイルちゃんのためにも。あそこで、自分がやるしかないって。覚悟を決めて、戦ったんだ。
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レイル
そんな覚悟、してほしくなかったよ……。
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泣き声が、夜陰ににじむ。闇の中で降る雪のように。
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レイル
あたしは……ずっと、一緒にいてほしかった……。
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シューラ
おんなじこと、私も思ってたことあるよ、レイルちゃん。
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あのときも、こんな星空を見ていたような気がする。懐かしい気持ちを思い返しながら、シューラは続ける。
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シューラ
私、十四になるまで、お父さんといっしょに旅をしてたの。お父さんも〈號食み〉だから、いろんなところで禁具を見つけて、封印してた。あの魔剣みたいに凶悪なものも多くて、封印するのも命がけで……私の目の前で、何度も倒れて、何度も死にかけたの。
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穏やかで、物静かな人。風も闇も、やわらかな柳のように受け流し、どんな悪意、どんな憎悪を目の当たりにしても、人を慈しむ気持ちを忘れない。そういう人だ。
同時に、壮絶な人でもある。禁具を封じるにあたって、危険をいとわず、命を惜しまず、持てる力のすべてを尽くす。ぎゅっと唇を結び、カッと目を見開き、蒼白な顔色で危険な禁具に挑む父の姿を、幼いシューラは半ば怯えながら見つめていたものだった。 -
シューラ
もうやめてって、泣いたこともある。そんなことしないでいいじゃない、って。お父さんが死んじゃうくらいなら、禁具なんて放っとけばいいって――本気で言ったことも。
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今、父も同じ星を見ているとは限らない。父にせよシューラにせよ、いつ、どこかで命を落とすかわからないのだ。禁具に挑むとは、そういうことだった。できるという自信があり、そのための技術も力も磨いている。それでも、命を落とさない保証などありはしない。
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シューラ
でもね。それは、私が守られるだけの立場で感じたことだった。ある里で禁具が見つかって、私が封印することになったんだけど――そのとき、死ぬかもしれないって恐怖よりも、ここでやらなきゃ里の人たちが危ないんだ、って気持ちの方が、私の中では強かった。私たちのために宴を開いてくれて――いっしょに食べて、騒いで、歌って、笑い合った人たちが、ひどい目に遭うかもしれない。そう思ったら、
退 けるわけなかった。 -
ゆっくりと視線を下ろし、隣に向ける。
いつしか、レイルがこちらを見つめていた。いろんな気持ちを閉じ込めるように――自分の中の気持ちに負けたくないように――口をへの字に閉じたまま、涙でいっぱいの瞳に、真剣な色を浮かべていた。
知りたいのだ。彼女は。命を懸けた父の気持ちを、理解できる自分になりたいのだ。あのときのシューラと同じで。
シューラは、そっとレイルを抱き寄せた。同じ、強い父を持った子として。自らの見出した道を、示すために。 -
シューラ
きっとわかるよ。レイルちゃんも。誰かを守る人になったときに。
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腕の中で、少女がそっとうなずく気配がした。
それからしばらく、どちらも何も言わなかった。言葉も気持ちも、伝えられるだけ伝えれば終わるものではない。嚙み砕くのも、よく味わうのも、しっかりと呑み込むのも――いずれも、それなりに時間がかかる。そして、それができて初めて、確かな己の血肉となる。
噛み切れないかもしれない。あまりの苦さに吐き出すかもしれないし、喉につかえて、えずくかもしれない。
だが、レイルなら――激しい意志と、強い優しさを持つ彼女なら、きっと喰らいきってみせるはずだ。 -
フレーグ
そういえば、どうしてあんな魔剣があそこにあったか、なのですが。
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沈黙の間を埋めるように、フレーグが、のんびりと言った。彼もまた、レイルならできるはずだと信じている。焦る必要がないことも。
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フレーグ
十日ほど前でしたかな。女の魔道士が、〈白竜山〉の近くをうろついていた、と若い竜が言っておったのです。時期を考えると、ちょっと怪しいですな。あんな魔剣を置いていく理由はわかりませんが……。
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シューラ
トーテム狙いってことはないかな。山にいる竜たちがいなくなれば、あの山のトーテムを奪い取れるかもしれないって、そう考えたとか。
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レイル
許せない。そいつ、見つけてボコボコにしてやる!
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フレーグ
まだ、犯人とわかったわけではありませんよ。それに、レイルじゃ返り討ちに遭うのが関の山です。
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レイル
そんなことないもん!
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フレーグ
そういうことは、インゲンを食べられるようになってから言いなさい。好き嫌いしていると、強い竜人になれませんからね。
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レイル
あれは……音と歯触りが嫌なの! だいたい、あんなの食べれるかどうかなんて、強さに関係ないじゃん!
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シューラ
豆は大事だよレイルちゃん!!
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レイル
いきなり何!?
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シューラ
豆は元気の源だよ!! 豆を喰らうものは強さを制すよ!! 氏族によっては、豆を投げて鬼を追い払うとこだってあるくらいだよ!!
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レイル
それ食べる食べない関係なくない!?
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明るい笑いが、暗く冷たい夜陰をほぐし、遠い天まで響くなか――
小さな星が、ちらりと落ちて、風雅に夜を彩った。
ひとりの男の守った空が、少女の笑顔に安堵して、そっと静かに泣くように。