喰牙RIZE2 -Tearing Eyes- サイドストーリー
「シューラ篇」
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シューラ
んんーっ……
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朝の陽射しをいっぱいに浴びながら、シューラは思いっきり伸びをした。
ぎゅっと引き締められるような感覚が心地よい。特に、冷たい冬の空気のなかでは格別だ。
身をひねり、筋肉をほぐしていくと、身体中に血が巡って、生の謳歌を歌い出すのを感じた。頭から爪先まで、ばっちりちゃんと目が覚めてからの方が、ごはんをしっかり味わえる。それがシューラの持論だった。 -
シューラ
よっと。
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細い手足を存分に伸ばし、跳んだり跳ねたりするたびに、短くまとめた金髪が、きらきらと朝日を弾いて踊った。
ていねいに体操を続けるシューラを、通りすがる村人たちが物珍しそうに眺めていく。
みな、背に皮膜の翼を宿し、頭に太い角を生やした竜人たちだ。シューラがこの村に逗留して二日、やはりまだ好奇の視線は絶えない。角も翼もない旅人――それも〈號食み〉となれば、慣れるにも時間がかかるだろう。 -
フレーグ
おや、シューラさま。お早いですな。
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のしのしと重い足音を立てながら、近づいてくるものがある。シューラは、にっこりと笑顔を返した。
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シューラ
おはよう、フレーグさん。今日もいい天気だね。
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フレーグ
そうですな。
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目を細め、のんびりとした口調で答えるフレーグは、竜人ではない。翡翠色の鱗を持つ、竜である。
たくましい四足で地面を踏みしめ、丸太のような尻尾を揺らして歩いてくる。翼の生えた背中は、シューラの上背を大きく上回っているが、いつも慇懃 に頭を下げ、こちらの首が疲れないよう目線を合わせてくれる。片眼鏡 の奥に温和な光をたたえた目元といい、ゆったりとした挙措といい、強大なる種らしからぬ親しみやすさに満ちた竜だった。 -
フレーグ
まったくいい日和で。やはり〈
號食 み〉の祝福を授けていただいたおかげですかな。 -
シューラ
だったらいいな。お世話になってる分、お返ししなくちゃいけないからね。
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〈號食み〉は、特別な一族として知られている。
異界から流れ込んできた力が〝トーテム〟となって大地に根づき、その加護を受けた氏族を生み出す。そんな世界を巡り、各地に祝福を授けていくのが〈號食み〉の使命だ。
土地の名産品を喰らうことで、その地のトーテムの力を受け取る。そして、各地で得たトーテムの力を混ぜ合わせ、祝福をもたらす。
〈號食み〉の祝福は、土地を活性化させ、さらなる実りを与える。だから各地の氏族は、〈號食み〉の到来を歓迎し、宴を開くのがならわしだった。
ここ、〈白霊竜の金色の翼〉をトーテムとする〈霊竜族〉の里に来たのも、祝福を授ける旅の途上だ。冬を越すため、いつもより長めに逗留するつもりでいる。 -
フレーグ
いやはや、ありがたいことです。ささやかなもてなししかできず、申し訳ない限りですが――
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シューラ
そんなことないよ、フレーグさん。おいしくいただいてます。私の方こそ、大変な時期なのにご厄介になっちゃって。
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フレーグ
いや、お気になさらず。この冬を越せる分の蓄えはございますので。来年の実りが心配でしたが、祝福をいただいたおかげで豊作が約束されておりますからな。村の者らも、心から喜んでおります。
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今年、この村は凶作の憂き目に遭っていた。夏に、類を見ない規模の川の氾濫が起こり、小麦とライ麦の畑がやられてしまったのだ。秋に収穫するはずだった大麦類も打撃を受け、また、来年の種蒔きに使える畑も限られた範囲になってしまった。今ある備蓄でこの冬を乗り切っても、また安定した収穫を得られるようになるまで、飢えとの戦いは避けられなかった。
そんな彼らにとって、〈號食み〉の来訪は希望となった。祝福によって大地は力を取り戻し、少ない種でも多くの実りを宿すことになる。また、別途栽培している豆類や野菜も祝福の影響を受けるため、少なくとも飢餓の心配はなくなる見込みだった。
そんな話をしていると、桶を手にした女の子が、近くの小道を通るのが見えた。
いかにも意志の強そうな、くっきりした目元が印象的な少女だ。まだ幼いため翼は生えていないが、両側頭部に生えた黒い角が、竜人であることをしっかり主張している。
井戸で水汲みをした帰りなのだろう。桶を重たそうに抱えながら、注意深く歩いていた。 -
シューラ
おはよう、レイルちゃん。
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声をかけると、彼女はじろりと視線だけをこちらに向けた。
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レイル
…………
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不機嫌そうに鼻を鳴らしてみせる。あえて聞こえるようにしたとわからせるような、わざとらしい鳴らし方だった。
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フレーグ
こら、レイル。ちゃんとあいさつをなさい。
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フレーグがたしなめるのにも応じず、つんとそっぽを向いて、道を進んでいく。
シューラは、うーん、と頬に手を当てた。 -
シューラ
すっかり嫌われちゃったなぁ。
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フレーグ
すみません、ウチのレイルが。
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シューラ
いいの、いいの。しょうがないよ。こういうの、よくあるんだ。大変な時期に宴を開かせるなんて、って、やっぱり思っちゃうよね。
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苦笑すると、フレーグは、ゆるゆると首を振る。
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フレーグ
そうではないのです。あの子は――
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片眼鏡 を乗せた瞳の奥に、切なげな瞳が瞬いた。 -
フレーグ
父親が、〈白竜山〉に向かったまま行方知れずで。内心、気が気でないのですよ。