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シューラ
いただきまーす!
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シューラは、にこにこと匙を伸ばした。
客人に貸し与えられる、石造りの一軒屋の土間である。むき出しの地面の上に囲炉裏があって、焚かれた火がちろちろと鍋をねぶっている。
鍋から深皿に移すのは、村人に分けてもらった野菜や豆類、冬に入る前に屠 られた豚の塩漬け肉、雑穀パンなどを煮込んだスープだ。
半ば崩れた肉と、いくつかの豆を匙にすくい、しっかりと頬張る。 -
フレーグ
このようなものですみません。もう少し余裕があれば、自慢の焼き菓子をお添えできるんですけどねえ。
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囲炉裏の反対側に座ったフレーグが、残念そうに言った。
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シューラ
んーん、おいしいよ、フレーグさん。
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嘘ではない。〈號食み〉には、あらゆる氏族の名産品を口にする都合上、〝どんなものでもおいしく味わえる〟という地味な特殊能力があるのだが、それをさておいても、農村ならではの素朴な味わいは〝生きるために食べている〟という実感があって好きだった。都会の洗練された料理もそれはそれでよいものだが、味を飾らないこともまた、ひとつの味わいだ。
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シューラ
そういえば、フレーグさんって、お食事どうしてるの? 竜って、いっぱい食べるんじゃない?
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フレーグ
私のような老骨ともなると、食が細くなっておりましてな。霞ですみます。
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シューラ
おお、上級者だ。霞は霞で、独特な味わいがあるよね!
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フレーグ
最初は味気なく感じましたが、慣れてくると、日によって味の違いを楽しめるのが乙ですな。
シューラ
わかるー! 私、ちょっと冷たいヤツが好きなんだ!
ふたりはしばし、霞トークで盛り上がった。
フレーグ
さすがは〈號食み〉。若い衆にはわかってもらえんのですよ。そういう竜たちは、冬が来る前に、〈白竜山〉で眠りにつくのです。獲物も少なくなりますからな。
〈霊翼族〉は、竜人と竜からなる氏族だ。竜人は里を、竜たちは山を住みかとしながら、協力して生きているのだという。
フレーグ
竜と竜人が、互いに力を合わせ、困難に打ち勝つ。それが、我が氏族の使命です。
フレーグが、重い息を吐いた。
フレーグ
今、里にいる唯一の竜として、私がもっと注意していれば、レイルの父――モニスがいなくなることもなかったのですが。
シューラ
モニスさんは、どうしていなくなっちゃったの?
フレーグ
〈白竜山〉の、〈山の守り〉が弱まっているのかもしれないと言って、様子を見に出かけたのです。
シューラ
〈白霊竜の金色の翼〉のトーテムがある山だよね。
この世界に流れ込んだ異界の存在の力は、呪装符という板状の呪具に変化する。なかでも伝説級の呪装符が、土地を変質させ、氏族を生み出すトーテムとなる。
フレーグ
ええ。〈白竜山〉の周辺には、その加護が働いております。ところが、ここ数日、激しい吹雪に見舞われておりまして、一向にやむ気配がないのです。
シューラ
トーテムに何かあったのかな……
フレーグ
それを確かめるため、モニスは山に向かったのです。竜ですら、出歩くには危険な吹雪でしたので、みな止めたのですが……結局、戻ってくることなく数日が過ぎました。私も連日、可能な限り捜索を試みてはいるのですが、手がかりひとつつかめておりません。
シューラ
…………
匙をくわえたまま、シューラは少し、考え込んだ。
自分の立場と、村の状況。レイルの気持ちと、フレーグの思い。それらを頭のなかで組み合わせ、考えを整理する。
問題解決は、料理に似ている、と思うことがある。手持ちの食材と、調味料、そのとき可能な調理方法を組み合わせて、最善の道を探る。世の中にはいろんな味わい、いろんな好み、いろんなやり方があって、「どんなときもこれがいちばん!」というものはないけれど、「そのときその場ならきっとこれ!」というものを探り当てることはできる。
ある程度、ざっと考えをまとめたところで、シューラは口を開いた。シューラ
目的地さえわかっていたら、吹雪の中でも遭難しないでいられるかな。
フレーグ
確実に、とは申せませんが、危険は大きく減りますな。
おや、という感じで、フレーグが見つめてくる。どこか
飄々 とした口調は、紳士的な客が、そっと今日の気分を告げて、料理人の「それでしたら」という言葉を待つのに似ていた。シューラ
モニスさんの居場所はわからないけど、吹雪の原因がある場所なら、わかるかも。
いつもより厳粛に、シューラは告げた。
シューラ
この吹雪が、何かの禁具のせいだったら――私は、それを感じ取れるから。
〈號食み〉の持つ、もうひとつの顔。
禁じられた呪具を見つけ出し、封じ込める専門家としての、真剣きわまる表情で。SOUND
喰牙RIZE2 -Tearing Eyes-
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