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ラディウス
だめか。
困ったように言って、ラディウスは頭をかいた。
視線の先にあるのは、木々の間から差し込む朝日を鮮やかに照り返す、一枚の手鏡だ。
ネイグを連れて山を下りたラディウスが、朝になってからルノスの家で見つけ、持ってきた〝魔法の鏡〟である。
もう一度、これを見れば元の姿に戻るのでは――と期待したのだが、ルノスもレシーも、なんの変化も見られなかった。
ルノス
ごめん、レシー。ぼくのせいで、君までこんな……
獅子と山羊と蛇の頭が、しょんぼりとうなだれた。
ネイグから受けた傷は、完治している。ラディウスが最後に使った呪装符は、敵を焼く炎と味方を癒す炎、その両方を秘めた品だった。それを使って、ネイグとレシーの傷を癒したのだ。
昏倒したネイグの身柄は〈剣豪族〉の族長に預けてある。
事情は話したが、あからさまに疑いの目を向けられてしまった。ただ、族長もネイグの危うさには気づいていたのだろう。半信半疑というところで、魔法の鏡の持ち出しは許可してもらえた。
レシー
ほんとあんたって、昔っから雑で考えなしでそそっかしいんだから。
レシーは、つんとそっぽを向いて言った。同じキマイラでも、お座りの仕方や、すましたような顔の角度に女性らしさが垣間見える。
レシー
だいたい、なによ、女に好かれたいから強くなりたかったって。
動機もやり方も不純すぎるったらないじゃないの。
ずけずけと言われたルノスは、さらにどんよりと落ち込んでしまう。
ラディウス
(まあでも、手加減されてる方だろう)
ラディウスが山を下りている一夜の間に、深い話をしたのでもなければ、この程度の文句では済むまい。あるいは、ルノスの〝真の動機〟もレシーにはわかっているのかもしれない。
ラディウス
しかし、鏡を見てもだめとなると、どうするかな。
いちばんいいのは、〈號食み(ごうはみ)〉の力を借りることだろう。
世界中を巡り、各氏族の里を訪れて祝福を授けていく、特別な一族だ。
彼らは同時に、人の手に渡るべからざる禁断の呪具を見つけては、封印を施していくという。いわばこの手の事態の専門家だ。ただ、どこにいるかわからない〈號食み〉をあてもなく探すことそれ自体が難題なのだが……
ルノス
あのう。
遠慮がちに、ルノスが声を上げた。
ルノス
〈縛眼の檻〉をトーテムとする〈縛檻族〉なら、なんとかできるかもしれません。
呪具とかそういうのに詳しい人たちらしいんで……
ラディウス
へえ。よく知ってるな。
ラディウスは素直に感嘆した。長く旅を続けてきたおかげで、いろんな氏族について知っているが、〈縛檻族〉の話は初耳だった。
ルノス
ふだん、この時期は両親と一緒に行商に出てますから。
そういう話、いろいろ聞くんです。今年は剣術の昇段試験があるんで、村に残ってたんですけど。
レシー
そんな大事な時期によくもまあこんなことやらかしてくれたわね。
ルノス
スミマセン……。
しゅんとなるルノスを見て、ラディウスは笑った。
ラディウス
いいじゃねえか、とりあえず糸口が見つかってよ。
そういうことなら、俺から族長に話に行ってやる。
本人は気づいていないようだが、閉鎖的な村において、外の情報を知っていることや、外を見てきたという経験は、何にも代えがたい強みだ。たとえば、あのネイグには見えなかったものが、ルノスなら見えるかもしれない、ということなのだから。
剣の腕がからっきしでも――まあそれは磨くしかないとして――土壇場で根性を見せるところといい、これでなかなか、将来有望な男かもしれない。
ラディウスはふと、レシーの方に目をやった。
こちらの視線に気づいたレシーは、ちょっと笑って、蛇の尻尾で軽くルノスの背を叩く。
そんなのとっくに知ってますよ、と言わんばかりの仕草だった。
ラディウス
(まったく、上には上があるもんだ)
いつまで経っても、何事においても、その真理だけは変わらない。
だから挑みがいがあるのだと改めて思い、ラディウスはニヤリと頬に笑みを刻んだ。
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喰牙RIZE サイドストーリー
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