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ルノス
ぼく、ルノスって言います。
戦場となったあたりから、少し離れたところに移動して、焚き火を熾した。
爆ぜる焚き火の前に、ちょこんとお座りしたルノスが、獅子と山羊と蛇の頭をていねいに下げてくるのを、ラディウスはうろんげに見つめる。
ラディウス
キマイラにも名前とかあるんだな。
ルノス
いや、ぼく、もともとキマイラじゃないんで。〈生涯無敗の大剣豪〉をトーテムとする、〈剣豪族〉の出です。
ラディウス
人間?
いよいよ妙な話になってきた。
この世界には、異界の存在の力が流れ込んできて、結晶化することがある。
そうして生まれるのが、先ほどラディウスが剣に喰わせたような〝呪装符〟だ。
〝顔あり〟の特殊な武器に呪装符を与えると、その力を一時的に引き出すことができる。
この技法を〝ライズ〟という。
呪装符のなかには、〝伝説級〟と呼ばれる代物がある。
異界の存在の力を極めて強く受け継いだそれは、大地に根差す〝トーテム〟となり、周辺地域に強い影響を与える。
さらに、〝トーテム〟からは〝氏族〟が生まれる。元となった異界の存在の力を継承する存在だ。
この地には、そうしたトーテムと氏族が数多く存在する。
〈剣豪族〉のことは、ラディウスも知っている。〈生涯無敗の大剣豪〉の力を継ぐ彼らは、みながみな、優れた剣技の使い手だ。
そのひとりがどうして、こんな怪物に変化してしまっているのか。
ルノス
実は、あるとき、旅の魔道士が里に泊まったんですけど――その人が、ぼくに魔法の鏡をくれたんです。これに祈れば、強くなれるよって。
ラディウス
その結果が、これか?
ルノス
はい。物の見事に怪物になっちゃって。確かに強くなったけど、人間じゃなくなるなんて聞いてないですよう。
ルノスは、三つの頭でべそべそと泣いた。
ルノス
驚いて叫んだら、ライオンの声になってますから、みんな跳び起きてきて。魔物だ、魔物がいるぞ、斬れ斬れーって。ひどくないですか?
もう必死に逃げましたよ。あわてすぎて、部屋とかもうぐちゃぐちゃにしちゃいましたよ。
ラディウス
ルノスだって言えばよかったじゃねえか。
ルノス
必死だったんですってば。それに、言ったって信じてくれそうにないし。
ラディウス
そりゃあな。
ルノス
それでもうとにかく逃げて、気づいたらゴブリンの群れに遭遇して、うわあってなってぶっ飛ばしたら、なんか肉とか献上されちゃって。
おなかすいてたんで、それ食べてたら、いつのまにか連中のボスみたいなノリにされてて。
強い魔物が縄張りに入ってきたので恭順を示したのだろう。
ラディウス
とりあえず、事情はわかった。
ラディウスはうなずいた。
ラディウス
俺はラディウス。旅の傭兵でな。近くの里で、〈剣豪族〉の連中を喰い殺しちまうほどの狂暴なキマイラが出たって聞いて、退治の依頼を受けた。
ルノス
そ、そんなことしてませんよ! 尾ひれ! めっちゃ尾ひれついてますそれ!
ラディウス
らしいな。いちおう〈剣豪族〉の里に寄ってみたが、喰い殺されたわけじゃねえって力説されたよ。
しかしまあ連中、〝自分たちで倒すから手出しするな〟って息巻いちゃいたが、あんまり自信があるようには見えなかったな。
ルノス
この辺、結構平和ですからね。たまにゴブリン退治とかするくらいで、キマイラと戦ったことのある人なんて、誰もいないんですよ。
ラディウス
拍子抜けだな。強えって聞いてたのに。
ルノス
いやあ、お恥ずかしい。ぼくも、小さい頃から剣は習ってるけど、腕はからっきしなんですよね。
ラディウス
それがふがいなくて、魔法の鏡なんぞに頼っちまったってわけか。
ルノス
いえ。女の子に好かれたくて。
ラディウス
は?
ルノス
あの、ぼく、幼なじみがいるんですよ。レシーっていうんですけど。いつも怒られるんですよ、男のくせに弱くていいのかとか、部屋の掃除はこまめにしろとか。あ、それで、よく掃除とか手伝ってくれるんですけどね。
ラディウス
知らねえよ。
ルノス
付き合いが長すぎて、なんていうんですか、ちょっとお互い遠慮がなくなりすぎちゃったかな? みたいな。一歩を踏み出すのが逆に怖い、みたいな。なので、ぼくが強くなったら、この煮え切らない関係も一歩前進、みんなめでたしゴールインかな、って……あ、ラディウスさん、なんで横になるんですか! 人が話してる最中なのに!
ラディウス
終わったら起こしてくれ。
ルノス
意味ないでしょ! ちゃんと聞いてくださいよ!
ラディウス
聞いたってしょうがねえだろ。俺は傭兵だぞ。斬った張った以外は専門外だ。
草原に寝ころんだまま、ラディウスは大仰に嘆息した。
ラディウス
〈剣豪族〉の連中にはわけを話してやる。それで俺にできることはおしまい――
言いかけて。
ラディウスは、ハッと目を見開き、腹筋だけで上体を起こした。
ラディウス
待てよ。まずいな。
ルノス
おお。わかってくれました? そうなんですよ、ほんとまずいんです今ぼくすごく。
嬉しそうなルノスの瞳を見つめ――どの瞳を見ればいいのかわからなかったので、とりあえず獅子にした――ラディウスは、真剣な表情で問うた。
ラディウス
おまえ、家族は。
ルノス
え? 親父とおふくろがいますけど。行商やってて、この時期はよそ回ってるんです。
だからちょくちょくレシーがごはんを作りに来てくれて――
ラディウス
キマイラは、二体出たって聞いてる。一体目が出た次の日に、もう一体出たって。
固まるルノスに、続けて問う。
ラディウス
ぐちゃぐちゃになったおまえの部屋を片づけに来て、落ちてる鏡を見つけそうな奴なんざ、ひとりしかいねえよな?
獅子と山羊の頭が、同時にさあっと青ざめた。
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喰牙RIZE サイドストーリー
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