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ラディウス
(平和な地域で剣術だけ磨いてりゃ、こうもなるか)
右の拳を引き戻しながら、ラディウスは思う。
ラディウス
(たまにゴブリン退治をするくらいだって? なら、人間の戦士と本気の命がけでやり合った経験はないんだろうな)
殺意にまみれた目でこちらを睨みつけている青年は、ネイグとか言ったか。
〈剣豪族〉の里に立ち寄ったときに会った、族長家の長男だったはずだ。そんな身分では、武者修行の旅もできはすまい。
単純な話だった。ネイグが斬りつけてきた瞬間、どうもこれは本命じゃないな、と直感した。それは多くの猛者の技を見てきた経験から来る直感であり、ラディウスにとっては何より信頼に値するものだった。だから左手で剣を掲げて袈裟切りを止めつつ、右の拳で正面からぶん殴ってやった。こちらの防御を前提に本命の攻撃につなげるなら、逆にその隙を突けると思ったのだが、大当たりだったようだ。
無論、当てが外れていれば、ラディウスの方が深手を負っていただろう。
ラディウス
(わかったことは、もうひとつある)
ラディウスは目を細め、ネイグに声を投げかけた。
ラディウス
このキマイラたちは、ルノスとレシー。てめえんとこの氏族のふたりだ。
魔法の鏡をのぞきこんだら、こんな姿になっちまったらしい。
ネイグ
そんな話が信じられるか。傭兵め。貴様は怪物にたぶらかされてるんだ。
鼻声で答えるネイグに、ラディウスは、わざとらしく鼻で笑ってみせる。
ラディウス
そう言うだろうと思ったよ。
ところでおまえ、ひょっとして、旅の魔道士に頼んで、ルノスに魔法の鏡を渡してもらったんじゃないか?
ネイグ
――――
ネイグは目を見開き、あからさまに凍りついた。
どうもこのお坊ちゃんは、根本的に人生経験というものが足りない。
ラディウス
図星か。
ニヤリと笑うと、背後のルノスが、涙声で尋ねてきた。
ルノス
な、なんでですか。ネイグはうちの氏族の、族長の子ですよ? なんでそれが。
ラディウス
あいつな。おまえを斬るとき、心底嬉しそうにしてやがった。
ラディウスは肩をすくめた。
ラディウス
それも、〝ついにこの時がやってきた〟ってぐらいの喜びようだったからな。
この状況を望んで仕組んだんじゃねえかと疑いもするさ。
平和な環境。相当に修業を積んだであろう剣の腕前。ネイグの若さと、秘めたる激情。そしてあの爆発的な歓喜。
それだけ材料がそろえば十分だった。懐かしい苦みが口の中に広がるのを自覚しながら、
ラディウス
おまえ、自分の腕を見せつけたかったのか。
ぽん、と言葉を放り投げてやると、ネイグは面白いように固まった。
ラディウス
〝こんな怪物を倒した俺はすごいんだぞ〟って、みんなに認めてもらいたかったのか。
ぶるぶるとネイグの身体が震えた。ふーっ、ふーっ、と、毛を逆立てた獣のような唸りがこぼれる。怒りと羞恥がその瞳に浮かんでやまない。
誰だって、隠していた心情を暴き立てられていい気分はしない。
ラディウス
だから落第だってんだ。〝剣を磨く〟はいいとして、〝心を磨く〟ってのができちゃいねえ。
腕だけ上げて調子に乗ってるおまえより、ルノスの方がよっぽど格が上だぜ。
ネイグ
黙れッ!!
声帯を引き裂かんばかりの絶叫が、ネイグの喉からほとばしった。
ネイグ
俺は、ただひたすらに剣を磨いてきたんだ!
そんな、女に好かれたいなんてクソみたいな理由で強くなりたがる奴なんかより、ずっと、ずっとッ――!
ラディウス
いいじゃねえか。どんな理由で強くなったってよ。
しかもこいつは身体張って女守ったんだ、てめえなんかよりよっぽど上等な覚悟してるぜ。
ネイグ
うるさい! こんな、こんな奴なんか……!
火山が溶岩を吹き上げるように、ネイグは怒声をまき散らす。
こんな激情家では、いくら剣の腕が立ったところで、〝心を磨く〟ができているとは認められまい。しかし本人は、きっとそう思ってはいないのだ。だから、認めてもらえないことに怒り、苛立っていたのではないか。
ラディウス
(わかんねえでもねえけどな)
認めてほしいとか。褒めてほしいとか。こんなにがんばってるのに、なんで認めてもらえないんだとか。ラディウスにだってそういう時期はあった――むしろ人よりそういう部分が激しかったくらいで、だからネイグの気持ちも理解しやすかった。昔の自分のいちばん醜いところを見せつけられているようだった。
ラディウス
(もうちょっとしたら、こいつも落ち着いたのかもしれねえが)
歳を重ね、視野が広がれば、見えるものも変わってくる。自分自身で認めたくない己の欠点に気づけるようになって、記憶を掘り返すたび、過去の自分を殴りたくさえなる。
だが、ネイグは人より腕が立ちすぎ、人より気性が激しすぎた。だから、己の欠点を認められるようになる前に、やってはいけないことをやってしまった。
ラディウス
てめえには、腕があっても牙がねえ。
確固たるもの。譲れないもの。命を賭すに足りるもの――戦う理由。魂の牙。
牙なき獣の遠吠えなど、風にすらなれない。
ラディウス
来な。その鼻っ柱、木っ端みじんにしてやるからよ。
挑発をいなせるはずもなく、ネイグは怒号を上げて斬りかかってきた。
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喰牙RIZE サイドストーリー
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