喰牙RIZE
サイドストーリー
「ラディウス篇」
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三日月を映したような一閃が、平原に吹く夜風を焦がす。
振り抜かれた剛剣は、二体の魔物を同時に捉え、存分に喰い散らかした。
彼らがゴブリンと呼ばれる人型の魔物であること、旅人から奪った剣や鎧で武装していること、群れをなして襲いかかる獰猛な気性を持つこと――そんな事情や都合をまるで意に介さず、知ったことかと豪快に粉砕してのける、問答無用の一刀だった。断末魔の絶叫と、どす黒い血飛沫が、夜の静けさをけたたましくかき乱した。
すべてを置き去りにする風の速さで、ラディウスは駆ける。
向かう先には残るゴブリンが四体。さすがに一撃で仕留められる数ではない。普通なら。
走りながら、一枚の符を取り出す。
すると、手にした剣から低い唸りがこぼれ、その刀身がふたつに裂けた。
まるで、獲物を前にした獣が、かっと顎を開くように。
その口に符を放り込み、高らかに〝銘〟を呼ばう。
待ってましたとばかりに、剣の刀身がばくりと閉じた。
直後、その刀身から夜目にも鮮やかな紅蓮の炎が噴き上がる。
ぎょっと立ちすくむゴブリンたちへ、ラディウスはそのままの勢いで突っ込んだ。
ゴブリンたちの間を駆け抜ける瞬間、くるりと身体を一回転させ、燃える刃で薙ぎ払った。夜陰に炎の華が咲く。
ゴブリンたちは、重い刃に斬り裂かれ、荒ぶる炎に焼き焦がされて、ことごとく倒れ伏した。
その気配を背後に感じながら、ラディウスはさらに前へと駆けていく。
残るのは、ただ一体。獅子と山羊と蛇の頭を生やした複合獣(キマイラ)だけだ。
見るも禍々しい怪物との距離を詰めながら、ラディウスはニィと口角を吊り上げた。
割れた月がしらじらと映し出すのは、〝楽しくてたまらない〟という思いを絵に描いたような峻烈の笑みである。
激しい嵐に立ち向かい、研ぎ澄まされてきた岩山を思わせる、引き締まった体躯と相貌――獣に嚙み裂かれたように裾のほつれた外套――ぎょろりと動く生々しい目を備えた武骨な剛剣――そして、あふれんばかりの闘志に満ちた笑みと瞳。すべてがすべて、〝喰えるものなら喰ってみろ、逆に喰い殺してやる〟と主張する、獰猛な牙の証だった。
新たな符を剣の口に放る。
剣は赤熱して応え、激しく渦巻く炎の嵐をその身に宿した。
それを目にしたキマイラは、ぐうっと姿勢を低くして――
キマイラ
か、勘弁してくださいっ!
裏返った悲鳴を上げ、土下座した。
ラディウス
……あ?
ラディウスは、目をぱちくりとさせ、振るおうとした剣を止める。
炎を宿したままの剣が、なぜ止めるのかとばかり、不満げな唸りをこぼした。
急に戻ってきた静寂が、痛いほどに夜の空気を凍てつかせる。
その厳しさに耐えかねたように、キマイラは、ひんひんと泣いた。
キマイラ
違うんです。誤解なんです。ぼく悪くないんです。あのゴブリンたちも、別に仲間とかそういうんじゃないんです!
信じて!信じてくださいお兄さん!
恥も外聞もない必死な懇願に、ラディウスは眉をひそめる。
ラディウス
嘘だろ。
キマイラ
えっ。
ラディウス
あれだろ。うまいこと言って油断させて、不意打ちでもしようってんだろ。
キマイラ
ち、違いますよ! そんなことしませんって!
ラディウス
ふざけんな! なんでしねえんだ!
キマイラ
なんで怒るの!?
ラディウス
こっちは強い化け物がいるって聞いて、期待してきてんだぞ!
身体も温まって血も昂ぶって、よし勝負だってところで、おまえ、今さらそいつはねえだろ!
キマイラ
そんなこと言われましても! 戦うつもりなんてないんです!
むしろ助けてほしいくらいで!お願いしますよ、話を聞いてください!
ラディウス
よしわかった。話を聞いてやる。立ち話もなんだし、とりあえず一戦やろうや。
キマイラ
だからー!!
怪物の絶叫が、虚しく夜空に溶けていく。
月はそれを聞きながら、ただ無慈悲に微笑んでいるだけだった
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