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氏族がトーテムから受け継ぐのは力だけではない。
トーテムの元になった異界の存在が抱いた思念、想念、信念――そんなものから形作られた〝使命〟をも継承する。
〈生涯無敗の大剣豪〉からもたらされた使命は、〝剣を磨き、心を磨け〟である。
なぜ、そのような使命が生まれるに至ったか。異界の存在が何を思い、何を願ったか。そこまではネイグにはわからない。ただ――
ネイグ
(俺は、ずっと心を磨いてきたはずだ!)
剣術の修練に明け暮れる日々を送った。度胸を鍛え、心眼を培った。すべては剣を極めるため。最強の剣士になるためだ。これこそ心を磨くということではないのか。徹頭徹尾、剣のためにすべてを捧げて生きる、そのための意志を磨き抜くことが。
ネイグ
(なのに――!)
親父は俺を認めない。おまえの心は曇っている、なぞと抜かすのだ。この傭兵と同じように。くそったれ。そんなのはただのひがみだ。俺に剣の腕で劣っているのが腹立たしくて、こっちを不当に貶めようとしているだけだ。
ネイグ
(だから見せつけてやらなきゃいけないんだ。俺が本当に強いって――)
ろくな剣の腕もなく、女にうつつを抜かしているルノスは、前々から気に食わなかった。こちらの悩みを見抜いたような旅の魔道士の女に話を持ちかけられて、あいつなら、と思ってしまうくらいには。
ルノスを怪物にして、それを俺が倒す。他の連中には無理だが、俺ならできる。レシーまで怪物になったのは想定外だが、むしろ箔がついていい。
ネイグ
(なのに――!)
どうして、目の前の傭兵ごときに、勝てないのか。
ネイグ
くああっ!
修めた剣技のすべてを駆使して攻めているのに、攻めきれない。むしろ押されている。武骨な剣を豪快に振り回すだけの、勢い任せの剣ごときに。呑まれている。
ネイグ
(こいつの剣は、なんなんだ……!)
とにかく、攻めてくる。
斬りつけても攻めてくる。受けに回っても攻めてくる。接近しても、後退しても、とにかくとことん攻めてくる。まるで烈火だ。草原に放たれた炎が、空気を、緑を、ことごとく喰らってその勢いを増していくように、攻めようが守ろうが、とにかく怒涛に喰らいついてくる。
ネイグ
(嘘だ!)
悲鳴のように放った剣が、弾かれる。代わりに、ずいと刃が迫った。
ラディウス
(そういうもんさ)
そう言わんばかりの剣撃を、辛うじて受け止めた。
剣花の向こうに、牙を剥くような笑みが見える。
ラディウス
(自分は優れていて、他は劣っている、とでも思ってんだろう)
剣が来る。もはや反撃の暇すらない。ネイグは必死に守勢に回る。
ラディウス
(そんなわけがあるか。おまえはただ、そう思いたいだけだ)
本当は斬り返すべきだった。ネイグの修めた剣術で言うならそうだった。
しかし、ネイグは防御を選んだ。悪手とわかっていながら、反射的にそうさせられてしまった。それほどに男の剣は重く、鋭く、無茶苦茶に乱暴で豪快だった。
ラディウス
(教えてやるよ)
こちらが防御に出るとわかっていて、あえて強烈に叩きつけてくる。全身の骨がびりびりと震える。ひ、と、自分のものとは思えぬ声が漏れた。それすらむさぼるように、ラディウスはさらなる剣を連ねて撃った。
ラディウス
上には上があるもんだ!
明確な言葉とともに、一閃が走った。愛用の剣を叩き折られ、ざっくりと胴を斬り下げられる。言い訳しようもない完全なる敗北を、ネイグは他人事のように茫然と見ていた。
膝をつくネイグの前で、ラディウスは、剣に呪装符を喰らわせる。
血色の炎が、赫々ときらめく。太陽のごとく夜を照らす炎刃を、ネイグはただ見つめるしかない。
剣での勝負は、すでについている。これから行われるのは、敗者への断罪だった。
逃れようという気は、もはやなかった。剣を叩き折られた瞬間、心のどこかで認めてしまっていたからだ。自分は弱い――という、これまで決して認めたくなかった事実を。
炎の刃が振り下ろされる。目の前のすべてが赤く染まり、全身がカッと燃え盛る感覚のなかで、ネイグの意識はぷつりと途切れた。
SOUND
喰牙RIZE サイドストーリー
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