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クラブハウスの談話室で、アイシャは紅茶の匂いを嗅いでいた。
キリエは、アイシャの報告を聞きながら、目を白黒させている。
どうやら己を落ち着かせようとしているらしい。
そのそぶりが、どれだけ本心に近いのかは不明であったが……「アイシャ、この紅茶だけど、なんとジュデイトだよ。高級品さ」
「ジュデイトのナンバー13だよ。――珍しいな。嗅いだのは二度目だね」
「アイシャ……君は紅茶が好きなんだね」
「鼻が利くだけさ、キリエ」
「ところで、スコーン食べないの?」
「食事は苦手なんだ」
キリエは、あの菓子以外を口にするのを見たことがなかった。
――何も口にしないというのは、おそらく彼女の深い部分に関わる一面らしい。「あの、それで……ファイルは?」
「これだ」
机の上に置かれたのは、まごうことなき機密ファイルである。
黒い獣が消し去ったのは、アイシャが事前に用意しておいたダミーであった。「ところで、このファイルは本物?」
「本物だった」
「中を見たのかい? 関心しないなぁ」
「内容の確認は必要だろう? このファイルはとある作戦に関する極秘資料さ……」
「どんな作戦?」
「暗殺だよ。――皇帝の敵を抹殺する、暗殺作戦だ。これによれば、過去100年の間に、おびただしい数の人間が陸軍の特殊部隊によって暗殺されている」
「そりゃ怖いね……」
「ケンプトンの取引相手は、おそらく連邦の諜報機関、サロンだ」
帝国に匹敵する大国、連邦。ルーツを同じくする複数の国が、表向きは一つの主権のもとにまとまった国家。しかし連邦各国は独自の主権を主張しているため、その実体は国家連合と言える。
白の王国の直系と主張する連邦は、帝国の宿敵であった。「つい最近も、鋼の国の大公ビゴー・マグナスが標的になったらしい」
「ロンダミア大公殿か……英雄戦争で戦死したって聞いたけど、まさか帝国が動いていたとはね……」
ーーキリエの言葉には、白々しさがあった。
何をいっても頼りなく、熱量が低い。それが人の知るキリエの表の姿であった。「ところで、元老院はどうしてこのファイルを欲しがったんだろうね?」
アイシャはにやりと笑った。
「――もしかして、暗殺計画の標的には、元老院貴族も――?」
「そんな記述は無かったが、妄想は膨らむだろうね……」
「嬉しそうだね、アイシャ……」
「そうかな?」
アイシャは確信していた。
謎の暗殺部隊なるものは恐らく存在しない。
つまりファイルはダミーである。
――だが、暗殺者は存在する。そしておそらく――あの時自分は、見逃されたのであろう。
もちろんアイシャを侮ったわけではない。
このファイルが元老院の手元にあることは、あの暗殺者には都合がいいのである。
元老院は存在しない暗殺部隊に怯え、真実は闇の中――とはいえ事の真偽を確認するのはアイシャの役割ではない。
元老院が勝手に悩めばいいことだ。「……第十三軍団<葬送>か……」
「じゅうさん……ぐんだん……?」
「たわいのない伝説さ」
皇帝に逆らうものには、棺が送られる。
埋葬人と共に――
帝国の敵は、まともに死ぬ事などできはしないのだ。アイシャはジェリービーンズの瓶を取り出した。
豪奢なクラブハウスにそぐわぬ代物である。アイシャは瓶から甘いひと粒を取り出す。
エメラルド色に輝くジェリービーンズを手に、アイシャはつぶやいた。「メロン味。死の暗示か――」
アイシャは、ジェリービーンズを指で弾いた。
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