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ケンプトン・ジャビーが、こうした仕事に手を染めるのは初めてではなかった。
しかし、この男の悪事を知るものは――ごく僅か。ケンプトンの知る限り、自分だけである。
ケンプトンの手口は常に巧妙であった。帝国陸軍の機密を盗むというのも、朝飯前の些事にすぎない。
己の能力にこだわる獣人たちを手玉に取るなど、彼にしてみれば造作もなかった。
世間などというものは、ケンプトンにしてみれば鍵のついていない金庫のようなものだった。そこから己の分を取り出して何が悪い。「爺さん、俺の頼みを聞いてくれるよな?」
老人は、ケンプトンに睨まれ、こくこくと頷いた。
この老人は帝都の下町で靴屋を営業している。
二度の従軍経験があり、子供は四人。稼ぎは多くない。老人がケンプトンに目をつけられたのは、たまたま路地裏を歩いていたからである。
たったそれだけのことで、老人は命を脅かされる局面に立たされていた。――老人はケンプトンの目にひきこまれた。まるで黒檀のような瞳に、魂そのものがじわりと吸い込まれていく――
ケンプトンはルーンを使ったわけではなかった。
これはルーンを使わない魔法……魔術である。生命が持つ力<ソウル>の影響力や流れを操作することにより、魔法に似た現象を引き起こす技術を、魔術と呼ぶ。
ケンプトンが行使したのは、精神操作を行う魔術であった。老人は、瞬く間に魔道士の意のままに動く人形と化していた。
「ほれ、行くぞ爺さん」
老人は、ケンプトンの背後を、おぼつかない足取りでついていく。
老いた靴屋は、現在白昼夢を見ているような状態にあった。
一体何を夢見ているのだろうか――
老いた自分を疎み始めた息子たちのことだろうか、嫌味な客の罵声だろうか。それとも酒場の喧騒だろうか。ケンプトンは嘆息した。
どうせこの世は悪くなる一方であり、それは誰にも止められない。
この爺の孫達は、爺を救ってくれるか? 糞のような帝国は、皇帝だとかいうあのネズミは?
誰にも、止めることなどできはしない。老人は――ケンプトンの後を歩きながら、突然その背中越しに、にやりと笑った。
ケンプトンの考えを見透かすように。機密ファイルの受け渡しに選ばれたのは、古びた貸倉庫であった。
ケンプトンの姿はない。いるのは老人だけである。「持ってきたぞ……」
老人は、ファイルを背嚢から取り出して見せる。
そんな老人の背後から、一見そこら中にいそうな若者が近づき、ファイルをもぎ取ろうとした。
……しかし老人は、ひょいと身を翻す。「か、金と……交換……だ」
若者は舌打ちをしながら、アタッシュケースを老人に押しつけた。
老人はケースを手にするや、ファイルを若者に渡し、鷹揚に倉庫を去っていく。
若者は無害そのもののような背中を見て、微笑んだ。
馬鹿な爺だ。若者は氷結のルーンを取り出した。
これで心臓を凍らせれば、後片付けが楽なのだ。
若者は精神を集中させ、ルーンを起動――
したはずであった。なぜかルーンは発動しない。
それは、バックアップの仲間たちも同じらしかった。
まるでルーンそのものが、起動するのを拒絶するかのように――
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