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獣は、飢えていた――
生物としての飢えではない。
魂からの渇望である。捕らえたばかりのこの獲物に、永遠の眠りを与えてやりたい――
それが、獣の偽らざる本能だった。獣の本性は野蛮である。獣故に、人間の作った道徳などという嘘にとらわれるよりは本能を選ぶ。窮屈な軍服にもこだわりはなかった。友との誓いさえなければ、獣は容易く己を縛る鎖を噛みちぎるだろう。
「ひ、ひいい……!? 何なんだよぉお前!!」
男は悲鳴を上げる。獣が幾度となく聞いた声であった。
獣が司るのは、死そのものなのだ。獣は若い男の手にしたファイルを手に取る。ファイルは、見る間に闇に呑まれて消えた。
「……帝国の敵よ。お前の匂いは覚えておくぞ」
奈落の底より響く声に、男は震えた。
銀髪の美しい影が、人ならざるものであるのは明らかであった。「い、いやだぁ……!」
男は、足元を見た。倉庫の床に、真っ黒な澱みが出来ている。
そして己は――不気味な銀髪の男に首をしめられながら、澱みの中に半身を沈められている。男は理解した。この影の底は、地獄に続いていると。「貴様に送る棺はない。だが、墓穴は掘ってやる」
男は一瞬で、沈んだ。
――銀髪の獣の体も、陰鬱とした影に覆われ――
跡形もなく消えた。「ほう。……棺を送るものか」
物陰から一部始終を伺っていたアイシャは、周囲を見渡した。
倉庫内には、人気が無い――誰かがいた痕跡すら無い。
文字通り、全ては闇に葬られた――「――面白い奴がいたようだな」
アイシャは、悪魔のような笑みを浮かべた。
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