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  1. がぁんっ、と硬く重たい音がして、家の中の空気がびりびりと震えた。

  2. イルーシャ

    もう、ファルクったら。段取りを無視しないの。

  3. あきれたように告げるイルーシャ――その細い指先が、小さな銃を握っている。

    弟の頭上に降り落ちた紅の刃を、抜き打ちの銃撃で打ち弾いたのだと、ジースは遅れて悟った。

  4. ファルク

    こっちのが早いでしょ、姉ちゃん。

  5. ファルクは鼻を鳴らし、地面に置いていた鎌をつかんだ。

    鎌の刀身が、がばり、と口のごとく開く。そこへ、少年は一枚の符を放り込んだ。

  6. ファルク

    ライズ――〈魔界懲罰師〉!

  7. 叫び、ぶんと天井へ鎌を振るう。

    鎌の刀身から黒い帯のようなものが伸びて、雨垂れをこぼす天井の穴へ滑り込んだ。

  8. ファルク

    捕まえた!

  9. ファルクは、ぐいと鎌を引いた。

    すると穴から、何か粘ついた、赤黒い肉塊が、ずるりと引きずり出された。

    暖炉の火を受け、ぬらぬらと妖しい光沢を帯びたそれは、細長く、同時にやわらかそうな質感で、どくんどくんと脈打っている。内臓を、ジースは連想せずにはいられなかった――まるで家そのものが生きていて、その内臓を抜き出されたかのようだと。

    肉塊が、身を震わせて吼えた。鼓膜を引き裂かんばかりの金属的な咆哮。

    だが、実際に引き裂けたのは、その肉塊の方だった。

    血の噴水を撒き散らし、花咲くように裂けていく。

    その裂け目から、頭が生えた・・・・・

    べったりと赤い血にまみれた長い髪。黒目がちな眼、細い鼻梁、てらてらと輝く唇――

    瞠目したまま腰を抜かしていたジースの瞳に、その風貌は避けようもなく映り込んでくる。

  10. ジース

    ライカ……!

  11. 震える唇からこぼれたのは、死んだはずの妻の名だった。

    肉塊から現れた顔が、ぐるりと振り返った――こちらを。真後ろを・・・・

    妻の顔には首がなかった。どくどくと脈打つ、巨大な蛭のような胴体が、妻の頭を支えるすべてだった。

  12. イルーシャ

    ライズ――〈黒影の機械魔獣〉!

  13. イルーシャが、大筒に符を放り込んで構えた。

  14. イルーシャ

    〝ブレインシェイカー〟!

  15. 筒から、毒々しい色合いの魔力の矢が放たれる。

    それは横合いから一直線に妻の顔へと突き刺さり、ぐしゃりと粉砕してのけた。

    妻の顔をしていた怪物が四散し、その血と肉片が地面に散らばるさまを、ジースは声もなく見つめることしかできなかった。

  16. ファルク

    だめだ。本体じゃない。

  17. 凄惨な光景にも動じず、ファルクが眉をひそめた。

  18. ファルク

    分身か。手の込んだことしやがる。

  19. イルーシャ

    進化を遂げている、ということかしらね。より効率的に〝栄養〟を補給するため、新たな能力を獲得した。

  20. ファルク

    それができるってこと自体、すでにけっこうな〝栄養〟を摂取してる証だ。

  21. ジース

    な――なんなんだッ!

  22. とうとうたまらなくなって、ジースは叫んだ。

    振り返るふたりに、怒鳴るような悲鳴を浴びせる。

  23. ジース

    き、君たちはなんなんだ! なにを突然――こんな――わけのわからないことを――

  24. ファルク

    わけのわからないことなんかじゃない。あんたは単に、忘れてるだけですよ。

  25. ジース

    忘れている――? 俺が? いったい何を――

  26. ファルクは、めんどうそうに、ひらひらと手を振る。

  27. ファルク

    死んだ奥さんをよみがえらせたくて、旅の魔道士にすがった。〝すべてを忘れさせる〟禁具の力で、奥さんに死んだことを忘れさせる・・・・・・・・・・・ために。

  28. ジース

    な――

  29. イルーシャ

    死んだということを忘れた奥さんは、起き上がり、村人を襲い始めた。彼らが誰であるかも、自分が誰であるかも、人を殺してはいけない、人を食べてはいけないということさえ忘れてしまっていたから、その凶行が止まるはずもなかった。

  30. ファルク

    やがて、村人は全滅した。あんたを除いて。

  31. ジース

    ば――馬鹿を言うな! みんなが死んだなんて――そんなわけがない! 現に、今日の昼だって、俺はみんなと農作業を……

  32. ファルク

    その〝今日〟って、いつのことです?

  33. 冷然と鼻を鳴らして、ファルクがきびすを返し、入口へ向かった。

  34. ファルク

    言ったでしょ。あんたは忘れてるだけだって。禁具を使った影響ですよ。

  35. キィ、と扉が開かれた。夜を濡らす雨の音が、やかましく耳を撃つ。

    連日続く長雨・・・・・・――農作業などできるはずもないほどの。

  36. ファルク

    あんたは村が滅んだことも、奥さんが死んで怪物になったことも全部忘れて、旅人を泊め続けていたんですよ――それを奥さんが喰い続けていた。あんた、善意のつもりで、殺しの片棒を担いでいたんです。

  37. ジースは、茫然と天井を見上げた。

    最近増えた雨漏りは、どれも赤い色をしていた。

喰牙RIZE2 -Tearing Eyes- サイドストーリー

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