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  弾け散った魔力が、光り輝く蝶となって羽ばたき踊る。 
 
 それらに構わず、ラギトは倒壊した屋敷へと歩みを進めた。
 
 でたらめに打ち崩された瓦礫の海を、人外の剛腕でかきわける。
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   エインの夢 そんなとこにはいないよ。 
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  疲れきったような声がした。 
 
 エインの〈夢〉が、いびつなオブジェと化した壁の残骸にもたれて座り込んでいた。
 
 身体が、ぼんやりと薄れかかっている。己の肉体を構成する魔力すら、ラギトに注ぎ込んだ結果だった。
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   ラギト ……おまえにとっては、辛い選択だったろう。 
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  エインが死んだ以上、その願いを叶えるには、エインの〈ロストメア〉が門を通るしかない。 
 
 だが、〝我が子を授かる夢〟の力に囚われた状態では、永遠に己を叶えることはできない。
 
 そして、〝我が子を授かる夢〟を倒すためラギトに力を与えた今――彼は文字通り力尽きようとしている。
 
 あの〈夢〉に囚われた時点で、もはや彼という〈夢〉は、どうあがいても叶わない運命にあったのだ。
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   エインの夢 せめて、あいつに一矢報いてやりたくてね……。 
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  〈夢〉は自嘲的に笑った。静かな口調が、最初からこうするつもりだったのだと言外に告げていた。 
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   ラギト 聞かせてくれ。 
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  消えゆく〈夢〉の傍らにしゃがみ込み、ラギトは問う。 
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   ラギト おまえは、どんな〈夢〉だった?。 
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   エインの夢 聞いてどうする。 
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   ラギト 墓碑銘にする。 
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  倒した〈ロストメア〉には、その〈夢〉にちなんだ名をつける、というのが〈メアレス〉たちのルールのひとつだ。 
 
 誰が始めたことかはわからない。だが、それを拒否する〈メアレス〉はいない。
 
 そのぐらいはしてやるさ――ある〈メアレス〉が、酒の席でそんな風に言っていた。
 
 〈夢〉は、そっと目を閉じ、からかうように答えた。
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   エインの夢 あんたの手助けをする夢さ。 
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   ラギト ……そうか。 
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  ラギトは静かに目を閉じた。 
 
 〈手助けする力〉――あのたぎるような灼熱の力。
 
 あれは、ラギトに対してだからこそ発揮された力だったのだ。
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   エインの夢 事務所かなんかを作って、〈ロストメア〉の情報を集めるとかなんとか――そんなことを言ってたよ。 
 ぜんぜん具体的な形になっちゃいなかったけどね。
 都市 のために戦うあんたを、どうにか手助けしてやりたいって……その気持ちだけは、確かだった。
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  〈夢〉は笑った。懐かしむように。もう手の届かないものを、せめて大事な思い出としてしまいこもうとするように。 
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   エインの夢 なあ。あんたが終わらせてくれよ。 
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   ラギト いいのか。 
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   エインの夢 一方的に殴っちまったからな。一発くらい、返してくれ。 
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   ラギト わかった。 
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  ラギトはうなずいた。 
 
 異形の手に、禍々しい魔力が収束していく。彼からもらった力のすべてが。
 
 〈夢〉が、そっと右手を挙げる。
 
 その掌に、ラギトは渾身の掌底を撃ち込んだ。
 
 一撃は、薄れゆく掌をたやすく突き破り、奥の壁を粉々に打ち砕いた。
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   エインの夢 いい一発だ。 
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  ざあっ、と輝く蝶が散る。〈夢〉であったものが形を失い、ただの魔力へと変じていく。 
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   エインの夢 〈夢〉が死んだら、どこに行くのかは知らないけど……もしも、あの世であいつに会えたら……きっと、いい土産話になる……な……。 
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  つぶやきの余韻だけが、風に残って流れていった。 
 
 ラギトは魔装を解いて立ち上がった。はばたく光の蝶たちが、その周囲を踊り回った。
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   ラギト 俺もいつかは、そっちに行くさ。 
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  都市を守るため、〈ロストメア〉と戦う。その生き方には、常に死の影が躍る。 
 
 いずれ、力及ばず倒れる時が来るだろう。
 覚悟はすでに済んでいる。最期のその瞬間まで、背負うもののために戦う覚悟は。
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   ラギト その時は、一杯奢ってもらおうか。 
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  あるいは、自分はその一杯のために戦っているのかもしれない。 
 
 そんなことを思いながら、ラギトは流れゆく風の行方を見送った。
