コロカ事業

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鹿児島県指宿市 「喜多つげ製作所」を訪ねる


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薩摩藩とつげ櫛

櫛の歴史は古く、日本でも縄文時代の遺跡から出土されたり、古事記に逸話が残されています。その櫛をなぜツゲで、そして鹿児島で作られるようになったのでしょうか。

江戸時代に現在の鹿児島県全域を治めていた薩摩藩の実権は、鎌倉時代より薩摩(鹿児島県西部)の守護職をしていた島津氏にありました。
島津氏は関ヶ原の戦いで徳川家康に敵対する西軍に属して敗戦したものの、ほぼすべての領地がそのままとなり、有力な藩として明治維新へ西郷隆盛・大久保利通等の有望な人材輩出へとつながります。

一方、有力な藩であるが故に徳川幕府から財政的な圧力を受け、1753年に宝暦治水(ほうれきちすい)と呼ばれる岐阜・愛知を流れる木曽川・長良川・揖斐川(いびがわ)の治水工事を担当することになり、人員・費用共に多大な負担を強いられることとなりました。
その際に、現地で少しでも資金を賄うために内職として櫛造りを覚え、地元薩摩地方に伝えたのが櫛造りの始まりとなったそうです。

 

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さらに、指宿地方には元来ツゲの木が多く、また気候や風土にも恵まれ他の地域では櫛を作るほどには大きくならないツゲが、指宿では50~60年をかけて最適な大きさになり、原材料となります。
非常に密な構造をしている特性が櫛に最適で、現在では指宿市の市の木としてツゲが指定されるほどです。こうした二つの条件が重なり、「薩摩つげ櫛」が伝統工芸品として今の世に伝えられています。

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