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当然、追いかけようとしていた少女は、人ごみの中に消えていた。
それでも、アリスを受け止めていなければ、今頃どうなっていたかわからない。 -
アリス
いつもいつもごめんなさい、魔法使いさん。
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ウィズ
怪我がなくてよかったにゃ。ほんと、どうなることかと思ったにゃ。
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君は謝るアリスを安心させるために、気にしないでいいと言う。
けれども彼女は落ち込んでいるようだった。 -
アリス
私って、魔法使いさんに助けられてばっかり……。
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ウィズ
落ちてくるなら、受け止めるのは当然にゃ。
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ウィズは言い終わると、ふと思いついたように呟く。
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ウィズ
もしかして、縁があるってこういうことかもしれないにゃ。
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もうちょっと穏やかな縁であってほしい。君はウィズの意見にそんな風に思う。
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アリス
縁……。そうだ。魔法使いさん、実はお願いが……。
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初めは勢いよく声を上げ、最後は少し気まずそうに声はすぼんでいく。
彼女なりに大事なことを思いついたのだろうが、この状況で言い出すのは気が引けるかもしれない。
君は、これも縁だから、とアリスが言葉の上に置いた蓋を取ってやる。
アリスはとても嬉しそうに目を輝かせた。
そこは一軒の邸宅であった。
周りを囲う柵は、生い茂った葉で覆われ、上品な花々がぽつぽつと控えめに顔を出していた。
門から邸宅の入り口まで続く小径も、夏の濃い緑色が綺麗に整えられている。
そこだけ時間がとまっているようで、まるで造形物のような美しさがあった。 -
アリス
さ、こっちです。
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と、アリスに導かれるまま小径を歩いていると、入り口からは見えなかった中庭で、何やら楽し気な様子で談笑する姿が見えた。
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セリーヌ
あ、アリス。遅刻よ、どこ行ってたの?ティータイムに遅れちゃダメなんだよ☆
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のんびりとした声で、君とアリスに呼びかけるのは、セリーヌ・エヴァンス。こう見えて神様である。
間延びした言葉は、じっくりと現在を楽しむようでもある。 -
セリーヌ
魔法使いさんも一緒なのね。さ、ふたりとも、座って座って。お茶いれるね。
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エイミー
お待ちください。セリーヌ様は座ったままで。いまルドルフ様が席を用意してくださいますわ。
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ルドルフ
吾輩ですか……?
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席を立ちかかるセリーヌを制したのはエイミー・キャロル。時計塔のメイドである。
ルドルフにやんわりと殿方としての振る舞いを促しながら、彼女自身もそつなくアイスティーを人数分用意する。
手慣れた動きは華麗ですらあった。 -
ステイシー
さあさあ、ティータイムに一番大事なのは、楽しいおしゃべりだよ。魔法使いが楽しませてくれるさ。
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みんなを楽しませる自信はないと、前置きして席に着く。
君に無茶な役割を振るのは、時計塔の女神のひとりステイシー・マーキュリーである。
未来とは彼女らしく向こう見ずなのだろう。 -
イレーナ
お久しぶりですね。
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着席した君に、懐かしさをにじませながらそう言ったのは、イレーナ・フリエル。
短い一言ではあったが、過去を司る彼女らしさがある言葉だった。
現在、未来、過去。3つの時間を司る女神や、ルドルフ、それにエイミーやミュウもいる。 -
ミュウ
こんにちは。
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エリカ
おやおや、これは懐かしい人に会えてとてもうれしいです。とエリカは社交辞令的に言います。
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ウィズ
そっちこそ相変わらず一言多いにゃ。
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そして、アリスの分身であるエリカも。ヴァイオレッタは外に出るのが嫌だったらしく、その場にはいなかった。
それは、いつか出会った頃と変わらない面々だった。ただ、ふたつほどいつもとは違う。
時計塔ではないこと。それとユッカがいないことを除けば。 -
ウィズ
それにしても、みんな一体どうしてここにいるにゃ?
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ウィズの言う通り、彼女たちは時間を管理する役割上、時計塔を離れるわけにはいかない。
しかも、そうそう簡単に外には出られないという話ではなかったのか。
そんな疑問を君は抱いた。 -
アリス
その……いま私たちは……。
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アリスは言いよどむ。迷いが見えた。
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イレーナ
いま私たちは時間を取り戻すために、ここに来ているのです。
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はっきりと言い放ったのは、イレーナであった。
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ステイシー
ユッカはお留守番さ。全員がいなくなるわけにはいかないからね。
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セリーヌは黙って、グラスを見つめながら、ストローでアイスティーをかき混ぜていた。
こういう時、彼女は他のふたりに任せるのだ。
それは決まって、真剣な話の時である。
グラスの中で氷が音を立てている。きゃらきゃらと涼しげな音。一定の音。
イレーナが取り戻すと言った時間は、アイスティーの中で泳ぐ氷のようには、もう動いていないのだろうかと君は思った。 -
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続きは
「時詠みのエターナル・クロノスⅢ ~さよなら、サマー~」
本編にてお楽しみください