時詠みのエターナル・クロノスⅢ
~さよなら、サマー~
「先行プロローグ」
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太陽が狂ったように照りつけていた。
水上を吹き抜けてくる生ぬるい風が肌にこびりつく。
気怠く、倦んだ様な気候。水面のまばゆい反射光が視界に焼き付く。 -
少女
毎日毎日、同じことの繰り返しじゃ、好きなこともやになっちゃうねえ。
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ゴンドラを漕ぐ少女が、君に言った。
内容は愚痴のようだったが、彼女の声色は能天気で、そうは聞こえなかった。 -
少女
この天気もねえ。たまには雨でも降ればいいのに。
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ウィズ
毎日、この仕事やっているにゃ?暑い中、大変にゃ。
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少女
でもねえ、それはねえ、みんなお互い様なんだよねえ。
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言いながら、櫂を押しだす手の動きはやめない。
目の前の都市が、徐々に近づいてくる。水の上に浮かぶ都市。
君はそこへ向かっていた。
見知らぬ世界に渡って来てしまい、元の世界に帰るために、少しでも情報収集しなければいけない。
情報を集めるなら、人が多いに越したことはない。
それに、街はちょうど、年に一度の祭りだという。その街の名は〈デュ・オレ・サンザール〉。
そびえ立つ時計塔は街の外からでもはっきりとわかった。
水路は入り口となる門の向こうまで続いていて、話では、街中に張り巡らされているらしい。
君とウィズは、街で一番のバナナパンケーキを出してくれる店の前で降りることにした。 -
少女
行ってらっしゃーい。
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船頭の少女に代金を渡し、君は路地へと入った。
建物と建物の間にある狭い道は、日差しが遮られ、日陰となっていた。
じんわりと冷気が漂う。若干、湿った石の匂いがする。狂おしい夏の、別の一面を感じさせる匂い。
小路の終わりが近づくにつれて、石畳の乾いた匂いが戻ってくる。
大通りに出ると、眩しさと熱気が押し寄せた。少し眩暈のようにも感じた。
そんな君の鼻先を誰かがかすめるように、通り過ぎる。 -
???
ご、ごめんなさい! 急いでいますので!
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辛うじてぶつかりはしなかったが、少し服が触れたかもしれない。
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ウィズ
キミ、暑いからってぼーっとしていたらだめにゃ。
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ウィズの小言を聞くよりも、君は通り過ぎた少女を目で追っていた。
どこかで見たことがある。そんな気がしていたからだ。
そんなことをウィズに言ったら、また小言を言われるか、笑われる。
君は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込む。
そして、少女が走り去ったのと逆方向へ歩きだそうとする。
と、ものすごい勢いで黒マントの人物が君の横を通り過ぎていった。 -
ウィズ
なんにゃ?
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どうやら少女を追っているようだった。君とウィズは一瞬顔を見合わせる。
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ウィズ
どうするにゃ?
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君は答える。もちろん追いかける、と。
逃げる少女と追いかける黒マントの人物。どう考えても良くないことが起こっているに決まっている。 -
ウィズ
聞くまでもなかったにゃ。
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ローブを翻し、君は石畳を走った。照りつける太陽は容赦なく、君に熱気を浴びせる。
人ごみの中に紛れてゆく少女と黒マントを確認して、君もそこへ飛び込む決意を固めた。
ふいに君は、自分に降り注ぐ日差しが遮られたことに気づく。反射的に上を見ると、人がいた。
飛んでいるわけではない。落ちてきているのだ。 -
アリス
わわわー!
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咄嗟に立ち止まり、受け止めたが、耐えきれずもろとも地面に倒れこんだ。
受け止めたのは少女だった。
今度は間違いなく、見たことのある少女だった。 -
アリス
ま、魔法使いさん! どうしてここに!?
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それはこっちの台詞だと思った。少女の名はアリス・スチュアート。時計塔エターナル・クロノスの時詠み師だ。
彼女はいつも君の目の前に落ちてくる。
今日もまた、いつも通りだった。