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大陸北方にある《グレッチャー連邦国》。
この国の領内には、年中雪が降り注ぎ、領土の半分は氷で覆われているという過酷な環境に置かれた国だった。
厳しい国土条件ゆえに、産業的な発展には恵まれなかったが。
過酷な環境に耐えぬいているこの国の兵たちの精強さは、大陸中に響き渡っていた。
そしてこのグレッチャー連邦国には、かつて地上に栄えていた《古代魔法文明》の遺跡が、いたるところに残されていた。その日は、唐突に訪れた。
1万年もの長きにわたって、地底に封じられていたイグノビリウムが、突如目覚めたのである。
彼らは遺跡内部から、続々と地上に湧き出た。
まず最初にそれを発見したのは、地元の漁師たちだった。
異形の存在が、1万年以上氷付けになっている遺跡から突然現れたのである。
最初は数体程度だったイグノビリウムは、あっという間に数を増やし……。
グレッチャー連邦国軍より派遣された先遣隊が到着した頃には、彼らはすでに、戦艦らしき形状の乗り物すら操っていた。 -
兵士長
いずこの国からの侵略者かは知らんが、我ら連邦の誇りと独立精神は不屈である。
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兵士長
この戦いにおいて誰よりも先に血を流すのは、我らなり!グレッチャー連邦国に栄光あれ!
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先遣隊の隊長は、報告に向かう部下を残したのち、果敢にイグノビリウムの戦艦に立ち向かい戦死した。
これが、のちに《イグノビリウム戦役》と呼ばれるこの戦いの最初の犠牲者だった。ドルキマス国境。
ボーディス傭兵連隊の連隊長であるフェリクス・シェーファーは――
イグノビリウムという謎の存在が、大陸各地に出現したという報を受けると同時に。
各国でイグノビリウムと人間たちの衝突が起きているという報告を部下から受けていた。 -
フェリクス
元帥閣下の仰るとおりに事態が推移している。あのお方には、未来を見通す力でもあるのかねえ。
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それとも、未来を運んできたものがいるのだろうか?
フェリクスの頭には、あのルヴァルという志願兵だった男と、黒猫を連れた魔道士の姿が同時に思い浮かんでいた。 -
フェリクス
戦いに利用できるものは、たとえ敵でも利用する……か。あの人らしい哲学だな。なら、俺もあやからせてもらおうかね。
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フェリクスは、ボーディス連隊に所属する麾下の兵たちに告げる。
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フェリクス
まずは、訓練が無駄にならずにすんでよかったと思え。俺たちは、この日が来ることを見越して、準備を怠らなかった。
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フェリクス
きっとボーディスの傭兵たちの名は、この戦いで世界中に響き渡ることになるだろう。
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フェリクス
(もし死んでも、せめて名前ぐらいは残しておかないとな。ボーディスにいる兄や父上に恥をかかせたくないもんな)
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フェリクス
俺たちには、この日のために開発した新兵器とやらがある。まずは、俺たちの手で試させてもらおうぜ!
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この日――イグノビリウムが目覚める日の到来を予見していたのは、未来から来たと主張する黒猫を連れた魔法使い――
そして、地上の混乱を鎮めるために天上より降臨した、ルヴァル率いるファーブラだけだった。 -
ルヴァル
黒猫の魔法使いのお陰で、奴らが目覚める正確な日が判明した。
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ルヴァル
お陰で、我々はなんの躊躇もなく、準備を整えることができた。
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アーレント開発官の指揮によって、新兵器の開発。防衛戦の構築。魔道艇発掘と、機体の調査。
さらには、先んじて遺跡からイグノビリウムの個体を掘り起こすことで、その生態の解明すら、ドルキマス軍は終わらせていた。 -
レベッカ
古代魔法文明の遺跡付近で発掘された、この《グラール》が、対イグノビリウム兵器のエネルギー源になるわ。
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レベッカ
いまのうちにじゃんじゃん採掘しちゃいましょう。
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レベッカ
価値がわからない人には、単なる石ころにすぎないでしょうし、遠慮することはないわ。
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フェリクス
だからってよぉ、こき使いすぎだろ!?俺たちは炭鉱堀りに転職したつもりは、ないんだけどなぁ!
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ルヴァル
……まったくだ。
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プルミエ
村人の避難、完了しました。
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プルミエ
イグノビリウムの襲来が予想できたおかげで、地上の人間たちへの被害も最小限に収まりそうです。
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プルミエ
ただ……戦争で荒れ果てた地域を元に戻すのは、時間がかかりそうですが。
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ルヴァル
ごくろうだった。すぐにファーブラの全員を集めてくれ。これより、旧ガライド連合王国領へ出発する。
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プルミエ
これから戦と聞きました。できれば、人間たちの側で戦いたいのですが。
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ルヴァル
我々には、戦うよりも重い使命がある。それは、イグノビリウムを目覚めさせた元凶を見つけ出すことだ。
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フェルゼン王国国境付近の空を、奇妙な艦艇がたった1隻で飛行している。
船首から艦尾まですべてが、黒で覆われている不気味な艦。どこかの軍艦でもなく、民間の商業船でもない。
それは、地上にあるどの艦艇にも属さない《魔道艇》と呼ばれる艦の一種だった。 -
ジーク
……聞こえてくる。地底から這い出るものたちのうめき声が。
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黒い魔道艇の持ち主。その男の名前はジーク・クレーエ。
空軍、商人たちの間では、空賊《ナハト・クレーエ》と呼ばれることもある。
あるものは、ナハト・クレーエの名に恐れを抱き、あるものはナハト・クレーエの名前に希望を見いだしていた。
神出鬼没の空賊ナハト・クレーエ。その実体は、まだ多くの部分が謎に包まれていた。 -
カルステン
相棒。少し、休んだらどうだ?今日はもう、仕事もねぇしよ。
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ジーク
休みたいが……。俺が休むと、この艦が落ちる。
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ハルトゲビス
それより、外を見るでゲビス。ゆっくり休める状況でもなくなってきそうでゲビス。
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艦艇の外。分厚い雲が垂れ込める、遠い北の空に無数の異物が浮かんでいるのが見えた。
軍船の一団にしては、その数は異様だった。 -
ジーク
落ちていくのは、グレッチャー連邦国の軍船だ。そうか。あの国は、もう呑まれたか。
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カルステン
よく、見えるな。遠すぎて、俺にはなにも見えねぇぜ。
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グレッチャー連邦は、大陸最北の広大な領土を支配する超大国である。
抱える兵士数は100万を超え、所有している軍船は、1000を下らない。
その超大国が、増殖するイグノビリウムの猛攻に耐えられず、あっけなく壊滅した――。
それは、この大陸の人間たちにとって信じがたい出来事だった。 -
カルステン
これは……予想外にやばいことになってきたな。これじゃあ“仕事”どころじゃなさそうだぜ。どうする相棒?
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ジーク
イグノビリウムは、古代魔法文明の生き残り……。奴らを蘇らせたものが、いるようないないような気がする。
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ハルトゲビス
どっちでゲビス?
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カルステン
ようするに俺たちで、元凶を探そうっていうのか?
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ジーク
追っていくうちに俺が殺すべき相手と出会う……。そんな予感がする……。
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カルステン
不気味な予感だな。面倒ごとは勘弁だぜ?
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《続きは「空戦のドルキマスⅢ 翻る軍旗」本編にてお楽しみください》