空戦のドルキマスⅢ 翻る軍旗
「プロローグ」
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大空戦の繰り広げられる異界に飛ばされてしまった君とウィズは、ディートリヒという空軍元帥に出会う。
大陸ではイグノビリウムという古代魔法文明時代に封印された謎の存在が蘇り、大陸のほぼ全域を支配していた。 -
ウィズ
そして魔法を使えたキミは、ディートリヒに脅されて、無理やりその戦争に参加させられたんだったにゃ。
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脅されたなんて……誰かに聞かれたらマズいよ、と君はウィズを叱る。
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ウィズ
けど戦いは、私たちの活躍とディートリヒの采配によって勝利したにゃ。誇っていいにゃ。
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ウィズ
でも、喜びもつかの間。私たちは、気がついたら同じ世界の過去の時代に飛ばされていたんだったにゃ。
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ウィズ
この辺は、記憶が曖昧すぎて、なぜそうなったか私にもわからないにゃ。
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過去に飛ばされたときはびっくりした。最初は投獄されたりしたし、と君は言う。
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ウィズ
未来で会っているはずなのに過去で再びディートリヒたちに出会うなんて、変な感じだったにゃ。
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過去に飛ばされたおかげで君たちは、イグノビリウムという脅威が。
近いうちに、この大陸に押し寄せるとディートリヒたちに警告することができた。 -
ウィズ
未来を知っている私たちは、イグノビリウムのおそろしさをたっぷりと語って聞かせたにゃ。
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ウィズ
それが、未来からきた私たちの務めだと思ったにゃ。
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ウィズ
ディートリヒたちに未来を教えることが、いいことだったのかどうかは、わからないけどにゃ……。
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それはこれからわかるよ、と君は言う。
イグノビリウム襲来の日が近づいている。君たちは、来たるべき日のための準備に奔走していた。
だが、ドルキマス軍を率いるはずのディートリヒは……。
国家への反逆者として、ドルキマス国の司法局によって自由を奪われているのであった。
ドルキマス国は、混乱のただ中にあった。
先王グスタフ・ハイリヒベルクは、猜疑心の強い男であり、なおかつ怠惰で利己的な男だった。
それでいて虚栄心だけは、他の王たちと同等か、それ以上に持ち合わせていた。 -
ディートリヒ
先王グスタフに対する評価を、いまさらここで論じるつもりはない。
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ディートリヒ
先王の評価はのちの世の歴史家なり、学者なりが決めればいいことだ。もちろん、私の行いの“是非”もな。
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ユリウス
それでは問うが、先の反乱において貴君の行いにはなにも過ちがなく、判断は後の世の人間が決めてくれると主張するつもりかね?
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ディートリヒ
私は軍人である。政治家ではない。戦場での行いを弁解するつもりも、ことさら正当化するつもりもない。
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ディートリヒ
先王は、私を元帥に任じたあと、《ドルキマス国に仇となる破落戸を討伐せよ》との命令を出された。
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空軍元帥となったディートリヒに先王グスタフは《作戦裁量の自由》と《交戦権の自由》という、ふたつの巨大な権限を与えた。
要約すると、空軍の全権を掌握したディートリヒに、空軍の全艦艇に命令を下す権利と――
他国への侵略や、敵侵略時の防衛戦を自由に行ってよいという法外な権利を与えたのだ。
中世の考え方に染まっていた先王グスタフは、かつて小国だった国家を守護し、軍事国への道筋をつけた――
古代シュネー帝国の英雄《キルシュネライト》と同じ役割をディートリヒに担わせたかったのかもしれない。 -
ディートリヒ
私は、ドルキマス国を一番窮地に追いやっているのは、先王グスタフであると判断した。
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ディートリヒ
私に与えられた権限と元帥としての立場を勘案し、最も討たなければいけない敵は、王都にいると判断し、軍を導いた。
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ユリウス
どう言い繕っても、貴君のなさったことは反乱である。ご自省なされい。
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ディートリヒ
たしか、ドルキマスの法律では、反乱を起こす準備をしたものは、反乱準備罪で死罪。
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ディートリヒ
そして、反乱を起こしたその首謀者もまた死罪であったな?
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ユリウス
そのとおりだ。
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では、なぜいますぐ死罪にしないのだと、ディートリヒは孤独な参考人席から、無言の圧力を送っている。
居並ぶ審問委員たちは、その視線を受けて、反発するもの、眼力に押されて目を逸らすものさまざまだった。
ユリウスたち審問委員は、正直なところ困惑していた。
普通、反乱を企図し、それを達成したものは、国権を掌握し、司法権も手中に収めるものである。
だが、ディートリヒは反乱を成功させたはいいが、先王に変わって王位に就くわけでもなく。
かといって、軍権以外の権力に手を伸ばそうとするわけでもない。
なにがしたいのか、ユリウスたちには、まったくわからないのであった。
たったひとつの変化は、反乱の最中に先王グスタフが、謎の死を遂げたという事実だけである。
あの反乱の裏には、ディートリヒとグスタフの血の繋がり、そして母親を無残にも死なせた《父》への復讐という経緯があるのだが。
その真相を知るものは、ほとんどいない。 -
ユリウス
(艦隊の指揮を執っていたベルクが、先王の死に際して、側にいたとは考えられぬ)
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ユリウス
(なにより第1王子アルトゥール殿下が、ディートヒ・ベルクが下手人ではないと仰っておられる……)
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不思議なことに、アルトゥールは先王の死因について言葉少なげだった。
それだけでなく、終始ディートリヒをかばっているのである。
それもまたユリウスには、理解できないことであった。 -
ユリウス
ベルク参考人。軍権はいまでも貴君が握っている。国民の多数も……反乱を支持しておる。
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ユリウス
巷の共和主義者どもは、これを機に貴君を旗頭に立てて王制を打倒しようと息巻いておるらしい。
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ユリウス
元帥閣下。貴君はこの先、国をどうしたいのだ?それをお聞きしたい。
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ユリウス
元帥では飽き足らず、国の執政にまで上り詰めたいのか。それともみずから、王にでもなるつもりかね?
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ディートリヒ
冗談を。私は一介の軍人にすぎない。昔から、政治にはとんと関心がなくてね。
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ディートリヒ
私が求めているのは兵たちを指揮する適切な場と、軍人としての理想的な死に場所である。それ以上はなにも求めん。
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この審問会で筆記官を務めていた役人のひとりが、のちに語ったところによると。
ディートリヒは審問会の間、終始穏やかに話し、一度も声を荒げることはなかったという。
ディートリヒに限らず、このような審問会など茶番にすぎないと誰もが感じていた。
しかし、審問会が開催されている間、ディートリヒの身柄は拘束され。
ドルキマス司法局の監視下に置かれているのは、厳然たる事実だった。 -
ウィズ
イグノビリウム復活の日が、近づいてきたにゃ。でもディートリヒは、拘束されたままにゃ。
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時間を遡る前の君とウィズは、ドルキマス軍に協力して、イグノビリウムという古代魔法文明の生物と戦った。
そして、イグノビリウムが蘇ったとされる日が、刻一刻と近づいている。
大陸全土がイグノビリウムに支配される悲劇を回避するには、こちらも準備を整え、先手を打つしかないのだが――
肝心のディートリヒがいない。
ドルキマス司法局が、彼を連れて行ったまま、1月以上経過しているが、なんの音沙汰もないのだった。 -
ウィズ
もしイグノビリウムの侵攻に間に合わなかったら、私たちはなんのために時間を遡ったのか、わからないにゃ!
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ウィズ
あ、あそこにいるのはローヴィにゃ!?ローヴィに聞けばなにかわかるはずにゃ!
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君たちは、王庁舎の近くで、ディートリヒの副官を務めているローヴィを見かけた。
早速近づいて、ディートリヒがいまどうしているのかを尋ねた。 -
ローヴィ
私に、元帥閣下の居場所などわかるはずもない。申し訳ありませんが、お力にはなれません。
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ウィズ
でも、ローヴィはずっとディートリヒと一緒にいたにゃ? いまも部下のはずにゃ。
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ローヴィ
私はもう元帥閣下の副官ではありません。
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ウィズ
そんな!?
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ローヴィ
いまは突撃隊の中隊長に任じられております。
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ローヴィ
もとより、軍人の家系に生まれた身。前線で敵と直接矛を交えるのは、願ってもないこと。
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ウィズ
前線でって……。でも、次に戦うのは――
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ローヴィ
ドルキマス軍が、どの敵と戦うのかを決めるのは、元帥閣下にお任せします。
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ローヴィ
私は、ドルキマス国と国民のために死力を尽くすだけです。
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君には理解できなかったが、それが軍人という職業を選んだローヴィの考え方なのだろう。
それを否定したり、止めたりする権利は、君たちにはもちろんない。
ローヴィは、訓練がはじまるのでと、君たちの前から去っていった。 -
ウィズ
ローヴィに頼れないとなると困ったにゃ。他に頼れる人がいないか、探すしかないにゃ。