コロカ事業

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新潟県糸魚川市「加賀の井酒造」を訪ねる


 

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名醸地・新潟

新潟県で一番古い酒造である加賀の井酒造。
一部の文献では、創業年の1650年よりも古く、1500年代中頃から携わっていたという記録も在るそうです。
店内には様々な古い文献が見受けられます。酒の販売に使われていた、顧客番号の入った通い徳利から、本陣として利用された際の接待用の品物まで幅広い年代のものが陳列されています。
新潟が日本酒の名醸地として広く世間に広まったのは淡麗辛口の日本酒がブームになった1980年代~2000年頃だそうです。
新潟県全体として、越後杜氏の作る淡麗な日本酒を押しだし、淡麗辛口、大吟醸ブームにマッチし名醸地として再認識されました。

 

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翡翠の水

加賀の井酒造の仕込み水は小滝ヒスイ峡の伏流水を使っています。
海まで数百メートルの位置にありますが、酒造りに最適な硬水です。
糸魚川では、この他にも軟水の水源がありますが、祖先はこの水を選んだそうです。
「昔の作り手が一番苦心したのが腐造しないこと。腐蔵しにくい水として選んだのかもしれません。」と、小林さん。
加賀の井酒造の店舗でしか売っていない、コロカの商品画像モデル「加賀の井 原酒」も、この水と新潟産「五百万石」から作られています。
この地で、水と米と歴史がこの日本酒を造っている。そう考えるとあだやおろそかに飲むことは出来ません。

 

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糸魚川の歴史

北陸街道の宿場町として栄えた糸魚川は、ここ数十年でセメントとプラスチックの工業の町となっています。
加賀の井酒造前の道は、まさに街道として最盛期には、まっすぐ歩くことが難しいほど人の往来があったそうです。
糸魚川が日本の歴史に登場するのは大変古く、古事記に大国主(おおくにぬし)が糸魚川に住む奴奈川姫(ぬなかわひめ)と結婚し、生まれた息子・建御名方命(たけみなかたのみこと)が諏訪に入り、諏訪大社の祭神になったと言われています。
そして、日本全国の遺跡から発掘される勾玉の材料として糸魚川から産出される「ヒスイ」が使われていたましたが、なぜか奈良時代以降はヒスイの産出については触れられることがなくなり、再び脚光を浴びるのは昭和初期となるのでした。

 

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