SUGARLESS BAMBINA
「プロローグ」

  1. ヴィタ

    この世界は腐ってる――。

  2. うらぶれた街の片隅を歩きながら、ヴィタ・バビーナは「鍵」の掛かった心の中で、吐き捨てるようにそう言った。

    何かが、肩に当たった気がした。

  3. ???

    ――イテッ!

  4. 振り返ると、それは蝙蝠のような醜い男だった。

  5. テメェどこに目ェつけて歩いてんだ?

  6. ヴィタ

    ……。

  7. ケッ。ガキかよ……。

  8. あてが外れたように、男はひとつ舌打ちをするが――。

  9. ヴィタ

    ……。

  10. ……ケケ。まあいいか。

  11. ヴィタの顔を覗き込んで、卑猥な笑みを浮かべた。

  12. どうすんだ? え? 俺の腕、折れちまってるよ。

  13. ヴィタ

    ――腐ってる。人も、街も、全部。

  14. ヴィタ

    腐った世界で生きていけるのは、醜くて、腐った大人だけだ。

  15. ヴィタ

    ……。

  16. ヴィタ

    人のまま大人になんてなれない――。

  17. おい、黙ってたって許してやんねーぞ。俺はガキだって容赦しねえからな。

  18. ヴィタ

    人のまま大人になんてなれない――。

  19. ヴィタ

    こんなふうに汚れたくなきゃ……腐りたくなきゃ……まっさらな人のままでいたけりゃ――。

  20. ガキに払えるほど安かねーぞ、俺の折れた腕はよぉ!

  21. ――と、男は折れたはずの腕を振り上げた。

  22. ヴィタ

    ――ガキのまま、喰われるしかない。

  23. ヴィタ

    だから私は、心に「鍵」を掛けた。

  24. ヴィタ

    ……お前、ごちゃごちゃうるせえよ。

  25. ようやく口を開いたヴィタの瞳に、ふっと狂気が宿る。

  26. ――えッ!?

  27. 男の振り上げた腕に、ヴィタは手にしたステッキを思い切り叩き込んだ。

  28. ――グェッ!

  29. ヴィタ

    ほら、ちゃんと折ってやったぞ。

  30. ……な、なんてことしやがる。タダで済むと思うなよ。

  31. ヴィタ

    誰もタダなんていってない。これで買ってやる。

  32. ――と、ヴィタは銅貨を一枚、指で弾く。

    放物線を描いて自分の方へと向かってくるその銅貨に、男は思わず、まだ折れてない方の腕を伸ばした。

    その刹那――。

    男の肩口に、酷く冷たい感触が走った。

  33. ……ッ!?

  34. ???

    テメエ、ウチのボスになにしてんだ?

  35. 気がつくと、男の目の前に少女が立っていた。

  36. ヴィタ

    キルラ、お前、怖いよ。

  37. キルラと呼ばれた少女の手には、赤く滴る刀が握られている。

    しばし茫然とそれ見つめたあとで、男はようやく自分の状況を理解した。

  38. ……い、痛ってえ!

  39. 肩口を押さえながら、男はその場に倒れた。

    激痛で歪む男の顔の前で銅貨が1枚、転がってきて止まった。

    それに刻まれたハートと鍵のマークを見て、男の目が絶望の色に染まる。

  40. ……お前ら、バビーナファミリーか?

  41. キルラ

    あ? だったらなんだってんだよ、この野郎?

  42. ヴィタ

    だから怖いよ、キルラ。あとそれ、しまえよ。

  43. キルラ

    ……すみません。つい。

  44. ヴィタに睨まれると、キルラは刀を白鞘に収めた。

  45. ヴィタ

    ……で、お前。どうしたの? 拾わないの、その金?

  46. ――と、ヴィタは男を見下ろした。

  47. ヴィタ

    あ、その腕じゃ無理か……。

  48. ――畜生。

  49. キルラ

    ……あいかわらず、性格悪い。

  50. ヴィタ

    お互い様だ。

  51. ヴィタ

    ――「心」に「鍵」をかければ、子どものままでいられる。

  52. ヴィタ

    ――醜い大人の棲む街で、子どものまま、生きていく。

  53. ヴィタ

    同じ誓いを立てた仲間と、私はバビーナファミリーをつくった。

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