1. 獣は、飢えていた――
    生物としての飢えではない。
    魂からの渇望である。

    捕らえたばかりのこの獲物に、永遠の眠りを与えてやりたい――
    それが、獣の偽らざる本能だった。

    獣の本性は野蛮である。獣故に、人間の作った道徳などという嘘にとらわれるよりは本能を選ぶ。窮屈な軍服にもこだわりはなかった。友との誓いさえなければ、獣は容易く己を縛る鎖を噛みちぎるだろう。

    「ひ、ひいい……!? 何なんだよぉお前!!」

    男は悲鳴を上げる。獣が幾度となく聞いた声であった。
    獣が司るのは、死そのものなのだ。

    獣は若い男の手にしたファイルを手に取る。ファイルは、見る間に闇に呑まれて消えた。

    「……帝国の敵よ。お前の匂いは覚えておくぞ」

    奈落の底より響く声に、男は震えた。
    銀髪の美しい影が、人ならざるものであるのは明らかであった。

    「い、いやだぁ……!」

    男は、足元を見た。倉庫の床に、真っ黒な澱みが出来ている。
    そして己は――不気味な銀髪の男に首をしめられながら、澱みの中に半身を沈められている。男は理解した。この影の底は、地獄に続いていると。

    「貴様に送る棺はない。だが、墓穴は掘ってやる」

    男は一瞬で、沈んだ。
    ――銀髪の獣の体も、陰鬱とした影に覆われ――
    跡形もなく消えた。

    「ほう。……棺を送るものか」

    物陰から一部始終を伺っていたアイシャは、周囲を見渡した。
    倉庫内には、人気が無い――誰かがいた痕跡すら無い。
    文字通り、全ては闇に葬られた――

    「――面白い奴がいたようだな」

    アイシャは、悪魔のような笑みを浮かべた。

帝国戦旗・サイドストーリー