ニュースリリース

2011.12.28 位置情報活用

コロプラおでかけ研究所、「2011年 日本人の移動」を総括

おでかけを科学する<コロプラおでかけ研究所(主席研究員:長谷部潤)>は、株式会社コロプラ(代表取締役:馬場功淳)が運営する位置情報サービスプラットフォーム<コロプラ>における月間4,500万回もの位置登録情報を分析。今回は未曽有の年となった2011年の「日本人の移動」を総括する。

1月:スカイツリー、3月:東日本大震災、6月:平泉・小笠原諸島世界遺産へ、7月:サマータイム、東北六魂祭、なでしこジャパン、9月:台風15号首都圏直撃、12月:東京モーターショー、についてそれぞれ「移動」「おでかけ」「外出」の見地からまとめた。

※位置登録データは統計処理をしており、ユーザの皆様個人を特定できるものではありません。


震災翌日一週間前と震災翌日との<コロプラ>位置登録状況比較

1月:東京スカイツリー話題に ~東京タワーと比較してみよう~

2010年12月1日、東京スカイツリーは高さ500mに達した。メディア報道は加熱し、多くの人々が完成前のスカイツリーを見に足を運んだ。人々の話題性としてはこの時期から600mに達した3月までが一旦のピークであったと思われる。実際、当研究所のおでかけデータでも1月の位置登録回数に並ぶのは5月の連休まで待たなくてはならない。
下図は2011年1月1日の東京タワーでの位置登録者数を100とした日次の指数化グラフである。グラフの振幅は平日と休日との差を表している(ビジネスマンが多い平日の方が高い数値となる)。スカイツリーの登場で東京タワーへの人出がスカイツリーに移るのでは...との声も聞かれたが、なかなかどうして東京タワーの健闘ぶりがうかがえる。
スカイツリーは3月1日の600m達成に向けて再度訪問者数を増加させた。震災で一時落ち込むものの、GWでの急伸、秋の連休でも安定した伸びを示した。位置登録者数での東京タワーに対する比率は、1月のピーク後は40%~50%程度であったが、8月~10月では50%~70%超にまで上昇している。ちなみに8月下旬のスカイツリーの伸びは「隅田川花火大会」によるもの。


2011年1月1日の東京タワーでの<コロプラ>位置登録者を100と指数化

東京スカイツリーの課題は?

順調に訪問者数を伸ばしている東京スカイツリーであるが、「爆発的な伸び」に至っているとは言い難い。Googleの検索数でも、料金が発表された5月以降、徐々に低下傾向となっている。東京タワーに対する位置登録者数比率も最近は70%を超えることはなくなった(換言すると東京タワーの健闘ぶりが目立っている)。
当研究所では、その理由を「地方からの来訪者」を迎える体制がまだ整っていないためと考えている。下図をご覧いただきたい。一都三県以外から来訪される方々の全体に占める比率である。両タワーともに年間平均は10%前半と近似している。しかしながら郊外や地方からの来訪者が増加する三連休以上に限れば、概ね年間平均を超えて15%~20%程度であることが分かる。その中でスカイツリーが東京タワーを一都三県以外比率で上回っているのは、話題のピークであった年末年始、震災直後の春分の日、GW後半と三回のみである。特に夏以降は東京タワーの「安定した地方客の獲得」がうかがえる。
開業は2012年の5月とのことなので、言うまでもないが、それまでに観光事業者などとの受け入れ態勢の整備が必要だろう。ただ開業一か月半程度は「完全予約制」であることや、第1および第2展望台ともに入場するとなると大人で3,000円(東京タワーは1,420円)とそれなりの代金であることなどから、そう楽観的に見ることはできないだろう。


東京スカイツリーと東京タワーの「地方来訪者比率」を<コロプラ>位置登録者数から比較

3月:東日本大震災。そして、福島第一原子力発電所...

2011年3月11日14時46分、我が国観測史上最大のマグニチュード9.0の大地震が宮城県沖にて発生。東日本大震災と命名される未曽有の大惨事が起こった。また当該地震による揺れおよび津波により福島県にある東京電力福島第一原子力発電所では全電源を喪失、複数の原子炉で冷却不能となり、大規模な原子力事故へと至った。
そもそも当研究所は、東日本大震災後の「自粛ムード」を憂い、同時に東北地方での力強い人々の移動や被災地以外の人々が続々と被災地へと足を運んでいる状況を人々に伝えたい、という気持ちから発足したものである。人々の日々の移動データを保有している企業・団体は少ない。我々はただこうしたデータを本業のサービス改善のみに使っていて良いのであろうか、もっと社会に役立ててもらえる使い方はあるのではないだろうか、という強い想いからこの「おでかけ研究所プロジェクト」はスタートしたのである。
当研究所が最初にチェックしたのは、特に被災の大きい3県(岩手県、宮城県、福島県)に向かう当該3県以外からの人々の移動状況である。復旧・復興は "Face to Face"の支援なしにあり得ないと考えたからである。データを見て我々は日本人の力強さに感銘を受けた。驚くほど急ピッチに人々が被災地に向かっていたからである。しかし同時に一つのことに気付いた。福島県に向かう人々の回復が岩手・宮城に比べ非常に悪かったのである。


<コロプラ>ユーザが震災前日を基点にどれだけ被災3県に向かったかを日次推移で表記

原発事故に揺れる福島県圏

地震による揺れそして津波により電源喪失した福島第一原発は、複数の原子炉が冷却不能となった。結果、原子炉容器までもが損傷へと至り、大量の放射性物質が炉外へと漏れ、そして拡散していった。震災当日の11日20時50分に半径2km以内に最初の避難指示が、翌12日18時25分には半径20km以内へと避難範囲は拡大、さらに15日には半径20km~30km圏内の住民に屋内退避が、そして25日には同圏内の住民に官房長官が自主避難を要請した。4月22には警戒区域(強制退去および立ち入り禁止)および計画的避難区域(一ヶ月程度を目途とする避難)が設定された。
そうした流れの中で、風評被害も多かった。下図にも見られるように、中通り地域(福島市、郡山市など)は2月1日比で半分程度まで位置登録者数は減少したもののGW前には震災前に近い水準にまで戻っている。一方で福島第一原発から半径30km圏内に僅かにかかっていたいわき市は、随分と風評被害を受けたものと思われる。同じく2月1日比では2割程度にまで落ち込み、GW前までの回復も7割程度に留まった。もっともいわき市はGW後には震災前に近い水準にまで戻っている。厳しいのは市の一部が計画的避難地域にかかってしまった南相馬市である。当該地域は「一ヶ月後を目処に区域外への避難が求められる」ということであったが、実際に一ヶ月後に当たる5月下旬以降、他エリアとは異なり、再び位置登録者数は下降トレンドを描き始めてしまった。


各エリアにおける2月1日の<コロプラ>位置登録者数を100と指数化

母子疎開

福島県から他都道府県への転居も目立った。当研究所データによれば、震災翌月の4月が転居のピークであり、転居先としては南関東が最も大きい。その後東北他県の比率が上がったが、秋以降再度南関東への移動比率が高まっている。総務省データによれば、(異例であるが...)4月の男女他都道府県転出者比率は、女性の方が高かった。稼ぎ手である夫を残して母子のみが福島県を去る「母子疎開」が見られたのではないかと考えている。


福島県を本拠地と推定される<コロプラ>ユーザの他エリアへの移転状況


出所:総務省統計局データから

そして今、力強い人々の動きが...

福島県への人の移動の遅れなどもあったが、GWを機に(福島県も含め)ほぼ人の動きは震災前に戻ったと考えている。観光地など個別では「まだまだ...」という所もあろうが、県単位では下図の通り力強い回復を示している。被災3県の人々も活発に動いている。GW、夏休み、秋の連休、ともに南関東を中心とした移動が活発に見られた。


震災後、岩手、宮城に対し遅れていた福島県への訪問者数も、GW後はほぼ他県と近似した動きに


被災3県ユーザの東北地方内の移動に加え、関東など他エリアにも活発な移動が...

位置登録状況を500m四方のドット単位で見てみると、個別エリア状況が把握できる。上図は仙台市を中心とした位置登録状況であるが、三陸海岸の宮城県側、仙台から南の海岸線において、震災前に比べ若干のドットの隙間が感じられるが、全体としては概ね震災前の状況に戻ったと言えるだろう。下図は福島県を中心とした同状況図であるが、こちらも福島第一原発周辺を除いてほぼ震災前の状況に戻っている。特に風評被害のあったいわき市でほぼ従前に戻っているのは心強い。南相馬市も中心部は同様の回復が見られている。


500mメッシュ単位での<コロプラ>位置登録状況。市街地、道路、鉄道に沿って、震災前の状況に近づきつつある

6月:平泉、小笠原諸島、世界遺産登録へ

明るい話もあった。かねてより申請していた平泉、小笠原諸島の世界遺産登録が決定された。特に平泉は日本政府の強い働きかけにもかかわらずICOMOS(国際記念物遺跡会議)およびユネスコ内の世界遺産委員会より「登録延期」の勧告を受けるなど、登録が危ぶまれていた状況であっただけに、また東日本大震災で被災した岩手県に位置しているということもあっただけに、世界遺産登録の決定はとても嬉しいニュースであったと思われる。
世界遺産登録は、人々の「おでかけ」に多大なる影響を与えた。下図は、昨年2010年と本年2011年における、平泉中尊寺および小笠原諸島での位置登録者(=訪問者)数日次比較である。左図の平泉中尊寺は3月の東日本大震災直後に大きく訪問者数数を減少させ、GWの回復はあるものの昨年には及ばないなど、厳しい状況が続いたが、5月7日の「世界遺産登録内定」発表から昨年を上回り始めた。9月、10月は昨年の2倍前後の訪問者数となっている。
小笠原諸島はさらに顕著である。ハイシーズンである夏から秋にかけてでは、ピークで昨年比3倍~4倍もの訪問者があったと試算される。ちなみに8月下旬の下落は、大型で強い台風12号が同時期に小笠原付近に停滞したため。


(単位:人/日) 日次の<コロプラ>ユーザ位置登録者数(=訪問者数)を1週間の移動平均で示した

7月:サマータイム制採用企業続々

東日本大震災は揺れや津波といった直接的被害もさることながら、「電力不足」という間接的被害も大きかった。夏季の電力不足予想を受け、数多くの企業が「サマータイム制」を独自に導入し始めた。多くは2つの手法もしくはその組み合わせとなっている。一つは「タイムシフト」で、森永乳業やソニーなどが就業時間を30分~1時間前倒しにした。もう一つが「休日シフト」で、クルマ関連企業が総じて、土日を操業日とし代わりに木金を休業日とするなどが見られた。このように随分と多くの企業がサマータイム制を採用した。
しかしながら、実際のところどの程度、その影響が例えば「人の流れ」に現れたかは、なかなか見えにくい。そこで下図をご覧いただきたい。新宿駅、東京駅周辺の時間帯別位置登録者数比較である。サマータイム制への移行は多くの企業で7月1日から行われたため、6月と7月とで位置登録者数比較を行った。結果は、見事に朝の6時台、7時台という早朝において6月を大きく上回る伸びを示した。同時に9時台、10時台の位置登録者数は減少している。決して少なくはない「早朝シフト」が実際に行われたと考えて良いだろう。


各時間帯6月の位置登録者数に対する7月の乖離状況。6時台の高い伸びが目を引く

自動車業界は? ~より顕著な休日シフトの影響~

「早朝シフト」が相応の規模で見られたが、「休日シフト」はどうだったであろうか。最も大規模な休日シフトを行った自動車業界を例にとってみよう。下図は、世界最大級の自動車メーカー・トヨタ自動車の本拠地である愛知県豊田市におけるトヨタ工場群周辺での位置登録者数推移である。6月の位置登録回数を基点に、7月の「土日祝」(多くは操業日となった)と、同月「木金」(多くは休業日となった)とで指数比較を行った。結果は、当然ではあるが、極めてきれいなグラフとなった。
位置登録が集中する「出社時」と「昼休み」において7月の休日シフトの影響は顕著に表れた。出社時である土日祝の7時台では6月比で5倍近い位置登録者数となり、昼休みである木金の12時台では4分の1程度の位置登録者数となった。一方で引き続き就業日である月火水は6月とほぼ同様の推移であった。このように少なくとも自動車工場エリアでは、かなりきっちりとした休日シフトが実施されたことがうかがえる。ちなみに23時台に近づくと100に収束するのは、21時頃から退社が始まり工場に人がいなくなるためである。


各時間帯6月を100とし、休日シフトのあった曜日にて7月の位置登録者数がどう変化したかを示した

結局、サマータイム制とは何だったのか?

今回は電力不足というやむを得ぬ事情もあり、数多くの企業・団体でサマータイム制の自発的な導入が見られたが、サマータイム制そのものについては以前より喧々諤々とした議論が繰り広げられてきた。しかしながら、今回の大規模な自発的導入により、その効果のありやなしや、がある程度見えたのではないだろうか。
例えば、始業時間を早めるタイムシフトの場合、電力不足最大の課題であるピーク需要そのものへの効果がないため、あまり意味がない、との意見が多い。帰宅によって16時台に業務需要のみならず住宅においても需要が発生するためである。実際、当研究所データでも東京駅の16時台の位置登録者数は6月に対し7月は10%近く伸長している。また、残業ばかりが増え、実労働時間が伸びるのでは、との懸念も多かった。当研究所は、ビジネス街、繁華街や住宅地の夕方から夜にかけての位置登録者数の調査もしたが、何らの特徴も見られなかった。ある意味それが答えなのかもしれない。つまり、残業もするし、飲みにも行くし、早々に帰宅もしているのであろう。「分散」という点では、ある程度の効果はあったのかもしれないが、結局はピーク分散が最大の目的あることを鑑みれば、やはり効果は薄いと言えるだろう。
一方で休日シフトは強烈である。当研究所は5月と7月比較で「土日位置登録者数変化率」を全国で調査したが、ベスト10全てが自動車産業関連である。1日丸ごとのシフトであれば、当然ながら電力消費ピーク時間も週単位で均すことができる。もちろんサマータイムは電力不足対応のみが目的ではないが、仮にそれを主軸に置くならば、タイムシフトは効果が薄く、休日シフトは効果が高い、と当研究所は判断する。


5月と7月のとある土日における位置登録者数増加率ランキング

7月:東北六魂祭開催 ~東北地方内のみならず遠方からも~

7月16日、17日の土日、宮城県仙台市において、東日本大震災および福島第一原発事故によって大きな被害を受けた東北地方の人々を励まし、そして同地方の元気さをアピールする大規模な催し物が開かれた。東北地方域の著名な祭りを一堂に集結させる「東北六魂祭」である。参加した祭りは、青森県「ねぶた祭」、宮城県「仙台七夕祭り」、山形県「山形花笠まつり」、など錚々たる祭りばかりである。
祭りは成功した、と当研究所では考えている。実行委員会は当初一日当たりの来場者数を5万人、二日間で10万人と予想していたとのこと。しかしながら結果は、土曜日の16日で13万人、翌日曜日の17日には23万人、合わせて36万人もの人々が、東北六魂祭へと足を向けたのであった。当研究所が「成功」と考える理由は、この実行委員会発表の来場者数の多さのみならず、当研究所データによれば、実に広いエリアから人々が仙台へと向かったことが分かったからである。
下図は、東北六魂祭が行われた前の土日、開催週の土日、翌週の土日、を並べたもので、どこからどのくらい人々が「仙台市勾当台公園(メイン会場)」に出向いているかを示したものである。ご覧のように開催週は東北地方のみならず、首都圏、さらには関西、中京、北陸地方からの来場者が確認できる。その後の東北以外のエリアからの同地方への人出は順調に推移しており、東北六魂祭が観光客誘致の呼び水になったことは確かと言えよう。


仙台市勾当台公園を基点とする周辺1kmエリアで位置登録をした<コロプラ>ユーザの本拠地分布

7月:なでしこジャパン、ワールドカップ優勝

7月18日早朝、素晴らしいニュースがドイツからやってきた。2011年FIFA女子ワールドカップで日本代表(なでしこジャパン)が優勝したのだ。米国との決勝戦は日本時間早朝の3時45分から。PK戦へと至る激闘の末、日本の優勝が決定したのが午前6時過ぎ。テレビ視聴率は、後半戦となる午前5時以降で21.8%(フジテレビ)。NHKのBS1でも放送しており、こちらは同時刻帯で10.7%。合わせると32.5%とこの時間帯としては驚異的な視聴率であった。ちなみにフジテレビの最高視聴率は澤選手の優勝インタビュー時の27.7%(6時24分)とのこと。
当研究所のおでかけデータにも面白い結果が表れた。試合前の深夜2時までは普段よりも位置登録者数は少なく(=普段より早寝)、逆に試合開始後の午前4時以降は普段よりも多かった(=普段より早起き)のである。視聴率の高さを鑑みれば、テレビ放送を控え、早めに就寝し、テレビ放送に合わせて起床し、そしてそのまま起きていた人が相当数いたことが当研究所データからも伺えるだろう。


なでしこジャパンの決勝を見るために早寝早起き、そしてそのまま(興奮して)起きていたのだろうか?

9月:台風15号、首都圏直撃

9月21日、非常に強い台風15号が午後2時過ぎに静岡県浜松市に上陸。台風は北東への針路を維持し、首都圏直撃のコースをたどった。首都圏の方であれば、まだまだ記憶に新しいと思われるが、台風が首都圏にやってくるころと帰宅ラッシュの時間とが重なることが予想されたため、多くの企業・団体で、「早退」の指示が出された。ネットリサーチ会社のマクロミル社アンケートでも、「仕事を早く切り上げて帰宅した」という人が半分近くおり、「会社で台風が過ぎ去るのを待った」という人は「早退」の半分以下にとどまった。
ところが、その早退の指示が午後3時やさらには午後5時(もはや定時...)など、すでに暴風雨圏に入ってから――つまり、多くの鉄道がすでに運転を見合わせてから、人々が駅へと向かう事態となってしまった。小田急が午後2時45分頃、運転を見合わせたのを皮切りに、午後4時台にはJRを含むほぼすべての路線で運行が見合された。結果はご存じのように、駅への入場規制が行われるほどに、駅周辺は大混乱となってしまったのである。さて、その後、人々はちゃんと家に帰ることができたのであろうか...?


出所:気象庁「台風位置表2011」の緯度経度データから地図アプリを用いコロプラ社制作

帰宅難民再び...

1時間ごとでの位置登録者数推移をみることで、人々の外出状況はある程度把握できる。各地域の人々の動きは、前頁の台風進路図に沿うように、それぞれ特徴的な結果となった(下図参照)。例えば四国である。台風の接近で雨が激しくなったのは台風が本土に上陸する前日20日の夜である。上陸した21日の夜はすでに台風一過となっており、人々の外出度合い(=位置登録者数)は、前日夜に比べ大いに高まった。一方で、台風が上陸した東海地方は、上陸した14時台~15時台において、外出が大きく減っている。ただこの時間帯は、そもそも会社や学校に最も在席している時間帯であるため、外出できなくてもそれほど大きな問題ではなかったかもしれない。夕方以降の帰宅時間帯は前日の20日に比べれば、多少は落ちてはいるものの、「山」の形はほぼ同一である。
帰宅時間帯と見事に合致してしまった南関東は、前日の帰宅ピーク時の「山」に対し、21日はきれいなほどに線対称の「谷」となってしまった。<コロプラ>ユーザは、移動後に位置登録をする傾向が強く、夕方から夜の帰宅時間帯は「位置登録=帰宅できた」を意味する。「谷」のボトムは18時台である。多くの企業が遅くとも夕方には帰宅を促したものの、自宅へと帰りつけていないことがこのグラフから分かるだろう。「谷」のグラフが再び上昇したピークは22時台。おそらくいつもの倍以上、2時間~4時間をかけて帰宅した人も多かったのではないだろうか。


各エリア、9月20日0時の位置登録者数を100と指数化。台風の進路に合わせ21日の「谷」が推移

12月:東京モーターショー ~24年ぶり東京開催へ~

2年に1回行われる自動車業界の祭典、「東京モーターショー」が今年は24年ぶりに東京へと帰ってきた。場所は、江東区有明の東京ビッグサイト。ゆりかもめ、りんかい線、そして東京駅からの無料バスなど、交通の便は幕張に比べ大いに向上した。
結果、来場者は主催者発表で前回の61万人に対し、今回は84万人と前回比37%増と大いなる伸長を示した。会期は前回に比べ3日間も短かった(祝祭日もなし)にもかかわらず、である。当研究所では主因として、地方からの集客に成功したためと考えている。
当研究所データでは、一都三県以外の来訪者比率が前回の10%から今回は22%へと2倍以上の伸びとなった。特に自動車産業の集中している東海地方からの来場者が大いに伸び、北関東を上回る規模となった。また規模としては小さいが北陸や九州、四国からの来場者も伸び率としては相当なものとなった。新幹線や飛行機を利用しての来場者が相当数いたものと思われる。羽田からはビッグサイト行の臨時のリムジンバスが用意されるなど、千葉県から東京都へと移ったことで、地方ファンにとっては、ずいぶんと気持ち的なハードルは下がったものと思われる。


外円(幕張メッセ2009年)に比べ内円(ビッグサイト2011年)の地方からの来訪者の伸びが目を引く

終わりに

波乱の2011年が終わろうとしている。今年は東日本大震災、台風12号、15号、など本当に災害の多い年であった。特に東日本大震災は、その揺れと津波とが東京電力福島第一原子力発電所を襲い、未曽有の原子力事故を発生させるに至った。結果、震災後は「自粛」という流れもあり、人々の動き、外出、おでかけは、被災地でないエリアでさえ、強く縮小する傾向が見られたのであった。
コロプラ社の社是は、「コロプラはおでかけのきっかけに。」「おでかけして地域に活力を。」「地域を元気にして日本を楽しく。」である。人々の移動、おでかけこそが、日本を良くする、元気にするという考え方が、我々のサービスの根底にある。そうした思想の我々が、人々の移動の縮小傾向に対して何らかのメッセージを送る必要があると考え、3月末日に設立したのが「コロプラおでかけ研究所」なのである。
コロプラ社は、位置ゲーム(位置ゲー)のパイオニアであり、位置情報サービスのフロントランナーである。故に、世界的にも屈指の位置情報を有している。これまでは自社のサービスを改善するためにそのデータを活用するだけにすぎなかった。しかしながら、月間4,500万回もの位置登録回数とそれにともなう位置登録情報量は、その莫大な規模と(一方で相反する)希少性からも、何かしらの形で社会のために役立てることができるのではないかと、常々考えていた。
それを具現化する一つの手法が、震災後の人々の力強い移動、外出、おでかけを、客観的かつ莫大な位置情報データに基づきレポーティングすることであると我々は思うに至った。そして、それを結実したものが、この「おでかけ研究所レポート」なのである。幸いなことに多くのメディアに取り上げていただいた。なかでも日経BP社さまとの共同執筆の形で「日経ビジネスオンライン」にも定期掲載され、多くの読者にお読みいただけたことは、本当に幸甚の至りである。
今回は、これまで執筆したものの他、忙しさにかまけて執筆できなかった題材も含め2011年の総括号とした。2012年は、保有する位置情報をより社会に役立てるべく、さらに積極的な活動を行おうと考えている。そして何よりも、2012年は、皆が笑い合えるような、素晴らしい年になることを祈っている。

コロプラおでかけ研究所主席研究員
兼 株式会社コロプラ取締役最高戦略責任者(CSO)
長谷部 潤

コロプラおでかけ研究所、「2011年 日本人の移動」を総括(3152KB)

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コロプラおでかけ研究所について

株式会社コロプラ内に設立された「おでかけ」に関するリサーチセンター。位置情報プラットフォーム<コロプラ>におけるユーザからの月間4,500万回にも及ぶ位置登録情報データをベースに「人々の移動」を調査・分析し定期レポートを発表している。

主席研究員:長谷部潤 ※株式会社コロプラ 取締役CSO(最高戦略責任者)を兼務

株式会社コロプラ 会社概要

社名
株式会社コロプラ
http://colopl.co.jp
所在地
東京都渋谷区恵比寿南1-15-1 A-PLACE恵比寿南3F
設立
2008年10月1日
資本金
256,385,000円
代表者
代表取締役社長 馬場功淳
事業内容
「コロニーな生活」など位置情報ゲーム、位置情報サービスプラットフォーム「コロプラ」の開発・運営
※2011年12月1日にビル名称が変更となりました。

【本プレスリリースに関するお問い合わせ先】

株式会社コロプラ 経営企画部:天野、斉藤(久) press@colopl.co.jp