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  1. 中国・四国地方一覧

広島県広島市「山豊」を訪ねる

 

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広島市のベッドタウン

広島駅より可部線に乗り大町駅へ、大町駅よりアストラムラインに乗り長楽寺駅に到着です。駅から5分程歩き、広島市交通科学館を通り過ぎると目的地・山豊 長楽寺店です。
広島市は、中国地方で一番の人口を有し、戦国大名・毛利家が太田川の作る三角州を干拓した広島平野に、広島城を築いたところから始まります。
広島のベッドタウンである安佐南区で、広島名物の広島菜漬けを作る山豊の2代目社長・山本さんに長楽寺店から少し離れた、本社工場でお話をお伺いしました。

 

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日本三大漬け菜

広島菜。関西・中国地方以外ではあまり聞き慣れない野菜です。実はこの広島菜、信州の野沢菜、九州の高菜と並んで日本三大漬け菜と呼ばれ、「漬け菜の王様」と言われるほど漬物に最適な野菜とされています。
山豊の本社工場が所在する安佐南区は広島菜の主な産地で、その起源は江戸時代と言われています。
参勤交代で江戸へ向かう一行に同行した村人が、帰りの京都本願寺へ参詣し、京都の壬生菜の種子を持ち帰り、京菜と呼び、品種改良を安佐南区で続けたそうです。
明治の終わり頃には広島菜として安佐南区が主産地となり、栽培農家がそのまま漬け込み、市場へ販売していました。
太平洋戦争後にようやく生産者の間で名称を広島菜に統一し、三大漬け菜の一角として冬期の贈り物として、全国で出回るようになったそうです。

 

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山豊の創業

山豊は山本さんの父で先代社長・山本豊さんが昭和37年に創業したのが始まりです。
農家の次男だった山本豊さんは、日本獣医畜産大学を卒業後、広島県食品工業試験場で研究員として働き、昭和34年に退職し個人商店として漬物業を始めました。
農家で漬けられていた広島菜漬けは、大正時代から専門業者が漬けるようになっていました。
他社になく、新たらしい物を求め、一方で広島菜の伝承を守り、作り上げたのが安芸の国の漬物・「安芸菜」です。
広島菜と広島に対する思いを熱く語る山本さんを間近で拝見して、親子二代受け継がれているのだと、ひしひしと感じました。

 

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種の管理

広島菜の特徴の一つに品種が多く、系統も多岐にわたる点が挙げられます。一口に広島菜と言っても縦に大きくなるタイプや、横に広がるタイプなど様々な種類があります。
この特徴を受けて、広島菜漬けと一口に言っても、どのタイプを使ったかによって仕上がりが変わり、製造する会社により製品が異なります。
会社毎に異なるのは、農家の方々に依頼する種が異なるからです。山豊でも専属の契約農家の方々に、生産を依頼しています。
9月下旬頃に始まる種まきから、約75日間の栽培期間を経て、11月~1月に出荷最盛期を迎える広島菜。
独特のノウハウと期間を要する栽培に、収穫時期には1株1kg~2kgという重量となり収穫に大変手間がかかります。
さらに、生産者の高齢化が進み、生産量も特産地全体で見ると減っているのが現状です。
しかし、山本さんは「地域のためにも、地元の生産者と一緒に広島菜漬けを守り続けていきたい」と、おっしゃっていました。

 

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