黄昏メアレス
プレストーリー

  1. 〈黄昏〉サンセットリフィルは、都市の中央にそびえる巨大な門の上から、暮れる街並みを見下ろしていた。
    沈みゆく太陽が、都市に黄金の光を投げかけている。

    丁寧に舗装された石畳の路地が、背の高い煉瓦造りの家々が、屋根の上からもくもくと煙を噴き上げる無数の煙突が――古めかしくも優美な街並みすべてが黄金に焼かれ、各所に複雑きわまる陰影を刻む。

    長い歴史のなかで、増築に増築を、拡張に拡張を重ねた果てに築かれた巨大な迷路だ。光を受ければ受けるほど、思いもよらぬ影が立つ。人が長きに渡って積み重ねてきた、光と闇の歴史さながらに。

  2. リフィル

    (〝光〟の方に興味はない。見るべきは闇。まぎれこんだ影だけでいい)

  3. 風が、髪と衣服をはためかせた。高値の人形めいた古雅な出で立ちと裏腹に、瞳は苛烈な鋭さを帯びている。揺るぎない気品に満ちた秋水の刃とでも言うべき雰囲気が、佇む少女を表すすべてだった。

  4. ルリアゲハ

    そうやってばかりいるから、〈黄昏〉サンセットなんて呼ばれるのよ。

  5. 笑い声がした。リフィルは目線だけを背後に向ける。

    この都市の文化圏とは明らかに異質でありながら、どこか相通じる風雅さをたたえた装いの女が、嫣然と微笑んでいた。

  6. ルリアゲハ

    で、見つかったの? 無惨な夢の残骸たちは。

  7. リフィル

    まだ、影も形も。

  8. ルリアゲハ

    やれやれ。夜までに見つかるよう祈りたいところね。

  9. リフィル

    祈らない。

  10. リフィルは街並みに視線を戻した。

  11. リフィル

    夢は見ない・・・・・

  12. 眼下。仕事を終えた人々が、それぞれの帰路を急いでいる。黄昏の光で長く引き伸ばされた影法師が、乱れて行き交い、ぶつかり合う――ひどく忙しない影芝居。

    そこに一瞬、異物が混じった。人波をかき分けて走る影。
    その主は、一見、日が暮れきる前に自宅に駆け込もうと急いでいるだけの、どこにでもいる若い男にしか見えない。

    だが、そんなはずがなかった・・・・・・・・・・

  13. リフィル

    繋げ、〈秘儀糸〉ドゥクトゥルス

  14. 少女の唇から冷厳な声がこぼれる。
    すると、足元に、ぼうっと輝く光のサークルが生じた。
    まるで古の魔法使いが用いるような、複雑怪奇な文字と模様で構成された円だ。

    そこから、するりと光の糸が伸びた。リフィルは、黒い革手袋に覆われた指先でそれをつかみ、く、と鋭く引き寄せる。
    応じて、糸の先――円のなかから、異様な人影が引きずり出された。

    道化師じみた衣装をまとう、骨骸ほねむくろの人形だ。
    リフィルが指先を動かすと、光の糸が踊るように跳ねた。合わせて人形がなめらかな動作を見せ、少女の身体を丁寧に抱き上げる。

  15. リフィル

    来い、ルリアゲハ。

  16. 人形が、軽やかに跳躍した。
    手近な屋根の上に降り立つや、長い足を駆使して優雅に疾走。屋根から屋根へ跳び移り、路地を走る男を追う。

    みるみる遠ざかっていく少女と人形を見つめ、残された女――ルリアゲハは苦笑を浮かべた。

  17. ルリアゲハ

    まったく。来いと言われてついていける人間が、どれだけいると思っているのやら。

  18. 足場たる屋根を砕かんばかりの勢いで、骨の骸が疾駆する。
    その騒音に、路地を行き交う人々は、ぎょっと上を見上げた。

    〈夢見ざる者〉メアレスだ」「〈黄昏〉サンセットリフィル!」「やべえ、巻き込まれちゃたまんねえぞ!」
    夕暮れの路地に、たちまちざわめきが満ちる。

  19. 若者

    あ? なんだ?

  20. 麦酒ビール瓶の箱を運んでいた若者が、何事かと顔を上げ――
    すぐ近くの屋根を駆け抜ける骸に気づき、腰を抜かした。

  21. 若者

    う、うわああぁっ!

  22. 尻餅をつき、腹のあたりで麦酒ビール瓶の箱を受け止める。がしゃん、と瓶たちが抗議の声を漏らした。

  23. 壮年の男

    おい、新入り。売りもんぶちまけやがったら、給金からしょっ引くぞ。

  24. 若者

    だ、だって、いや、今の!

  25. 壮年の男

    〈メアレス〉だ。この都市まちじゃ、珍しいもんじゃねえ。

  26. 若者

    あれが、〈メアレス〉? マジにいたのか……。

  27. 壮年の男

    おまえねえ。この都市まち夢と現実の狭間にある・・・・・・・・・・って、知ってて来たんじゃねえのか?

  28. 若者

    それは聞きましたけど……じゃあ、〈ロストメア〉ってのもホントにいるんすか? えっと……〝誰かが抱いて捨てた夢〟が化け物になって現れる、とかなんとかいう――

  29. 壮年の男

    当然だ。奴らが自分を叶えようと・・・・・・・・、この都市まちを通って現実に出て行くのを防ぐために、〈メアレス〉たちが戦ってんだからな……って、おまえ、いつまで座ってる。

  30. 男は、若者を強引に箱ごと立たせた。

  31. 壮年の男

    あいつらが動いたってこたァ、近くに〈ロストメア〉が出たってこった。早く運べ。連中の戦いに巻き込まれたかねえだろ。

  32. 若者

    や、やっぱ、危ねえんですか?

  33. 壮年の男

    危なくねえわけねえだろ、バカ。

  34. 告げる男の瞳には、確かな恐怖の翳りがあった。

  35. 壮年の男

    特にあの〈黄昏〉サンセットリフィルはな。魔法なんつう眉唾モンのイカれた力・・・・・・・・・・を使いやがる。触らぬ神に祟りなしってなァ、このことだぜ、まったく。

黄昏メアレス プレストーリー

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