双翼のロストエデンⅢ Lord of Evil ―魔王―
「プロローグ」

  1. わずかに鉄の臭いが漂っていた。

    水気をはらんだ土が熱を持ったせいで、焦げた匂いが湿り気と共に、むっと迫るようであった。

    そこに、ぽにょんぽにょんと奇妙な足音が、楽しげなマーチのようにリズムを刻む。

    合わせるように鼻歌が聞こえてくる。

  2. ???

    ドミー、ドミー、ドミー・インス~。魔界1の人気者~。



    ドミーがやってきた~。やってきた~。やってきた~。



    み~んな~のもとに~。

  3. クィントゥス

    おーい!

  4. ご機嫌な数小節を終わらせると、どこからか声がかけられた。

  5. ???

    ドミィ?

  6. そこに立っていたのは、クィントゥス・ジルヴァ。

    魔界最古の名家ジルヴァ家の長男でありながら、家に帰ることは年に一度あるかないかの風来坊である。

  7. クィントゥス

    この辺りに村があって、うめえ定食屋があったはずなんだけどよ。

  8. 見渡す風景は、焼け野原。

    硬く縮こまった黒色の塊がごろごろ転がっているが、石には見えなかった。

  9. ドミー

    ドミー、ドミー、ドミー・インス~。ドミーの笑顔で泣く子も黙る~。



    ドミーがやってきた~。やってきた~。



    殺ってきた~……。

  10. クィントゥス

    そうか。そういうことかよ。

  11. ここは魔界。弱い者は強い者に虐げられるのが、この世界の掟である。

    村ひとつ無くなった所で、慌てる必要は無い。もちろん憐れんでやる必要も、なかった。

    クィントゥスは肩をひねり、体に合図を送る。ほぐれた強張りがゴキッと音をたてて返事する。

    準備は万端だ、と。

  12. クィントゥス

    さーて、殺るか……。

  13. ドミー

    ドミィ……。

  14. 憐れんでやる必要はなかったが、気に入っていたものをぶち壊されてしまったら、その怒りを鎮めなければいけない。

    手っ取り早く、目の前の奴を殴るなどの方法で。

    クィントゥスは右の拳を固く握りしめる。体を大きくひねり、その拳を目いっぱい引き絞った。

  15. クィントゥス

    おらあ!

  16. 繰り出された拳打は豪快な身体の動きに反して、誰よりも基本に忠実。

    鋭く最短距離で、ドミーの顔面めがけて、突き進む。

    避けられないのか、避けないのか。ドミーは微動だにせず、微笑み続けていた。そして……。

  17. ドミー

    ドミィッ!!

  18. 打ち込まれた拳は、ドミーの目前でビタリと止まった。

    自らの震える拳に、クィントゥスは驚愕していた。

  19. クィントゥス

    なんで止まったんだ……?

  20. ドミー

    ドミーはみんなの人気者~。

  21. それだけではなかった。

  22. クィントゥス

    くっ、なんだこりゃ体も動かねえ。

  23. ドミー

    ドミーは拷問が大好き~。

  24. ゆっくりと近づく笑顔。奇妙な鼻息がヒューヒューと生暖かい感触で、クィントゥスの顔を舐める。

  25. ドミー

    爪を剥がし~。皮を剥ぐ~。生きたまま~。



    皮を剥がされた奴にはドミーは着ぐるみをあげる。ドミーと同じ。ドミーの仲間がたくさん増える。

  26. クィントゥス

    ちくしょう……、おかしな真似しやがって……。

  27. 生暖かい鼻息がクィントゥスの頬を舐めまわす。わずかに鉄の臭いがした。

    横目で見えるドミーは歯茎をむき出した汚い笑顔を満面に浮かべている。

    と、風が吹いた。

    歯茎を剥きだしのドミーの顔面に、ブーツの裏がめり込み、そして視界から消えていく。

  28. ドミー

    ヘベエェッ!

  29. 瞬間、体の自由を取り戻し、クィントゥスはすぐさま身構える。

    浮き飛ばされたドミーも起き上がり、四肢を地面につけて構える。

    すぐにでも野性的な跳躍で飛びかからんと、目の前を睨みつけた。

    が、再び風が吹く。今度は猛烈な突風である。

  30. ドミー

    ムギグググゥゥッ!

  31. ドミーも地面に根を張るかの如き四肢の力で踏ん張るが、掴んだ地面ごと吹き飛ばされてしまう。

    ひとしきり吹いた風が止むと、クィントゥスの前にふたりが降り立つ。

  32. ???

    危なかったじゃない、クィントゥス。

  33. クィントゥス

    ハッ? いまのが危ない?まだ勝負も始まってなかったぜ。

  34. ???

    あら?それなら、もう少し待ってればよかったな?

  35. クィントゥス

    相変わらず減らず口だけは一人前だな。

  36. ???

    そっちも相変わらず頭より体が動いてるみたいね、クィントゥス。

  37. 少女は細い腕をクィントゥスの首に巻き付け、再会の抱擁を交わす。

  38. クィントゥス

    ああ、当たり前だ。

  39. ???

    リザ、クィントゥス。まだ戦いのまっ最中だよ。

  40. お互い抱擁を解くと、クィントゥスは眼前を睨みつける。

  41. クィントゥス

    そうだった。リザ、リュディ、気を付けろよ。あいつ妙な技を使うぜ。

  42. ぴょこたん、ぴょこたん。

    珍妙な音が、静けさの向こうから聞こえてくる。

    ぴょこたん、ぴょこたん。

  43. ドミー

    ドミィィィィーの顔を蹴ったのは誰だァァァァ!

  44. リュディ

    あ、俺です。

  45. ドミー

    お前かぁぁぁ!お前の皮を引き剥がしてやるぅぅぅ!

  46. 鼻をひくひくと動かし、血走った目で、歯茎をむいて、恨みの言葉をが吐き出す。

    ぴょこたん、ぴょこたん。ゆっくりと近づいてくる。

  47. ???

    待つのよ、ドミーちゃん

  48. いつの間にか、ドミーの背後に女が立っていた。白い手がドミーの顎に伸びる。

    怒りを宥めるように、優しく動いた。

  49. ドミー

    おほ、おほ、おほおほおほおほほ……。

  50. ???

    撤退よ。これ以上は意味がノンノン。それに収穫はあったし。

  51. ふたりは溶け込むように、闇の中に消えた。

  52. リュディ

    何者?

  53. クィントゥス

    さあな。 俺も通りかかっただけだ。んなことよりも、お前たち何で、こんなところに?

  54. 問い返されると今度はリザが答える。

  55. リザ

    〈歪み〉の調査よ。

  56. それを聞いて、クィントゥスも合点がいく。

  57. クィントゥス

    そうか、そういやもうすぐだったな。

  58. リュディ

    うん。ちょっと複雑な気分だけどね。

  59. クィントゥスは自分の前に立つ少年と少女に目を細める。

    人と魔族という種族の違い、生きる時間の違い。

  60. クィントゥス

    ……なんつーかあっという間だな。

  61. 過ぎ去った歳月に、思わず笑顔がこぼれた。

双翼のロストエデンⅢ Lord of Evil ―魔王― プロローグ

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