時詠みのエターナル・クロノスⅢ
~さよなら、サマー~
「先行プロローグ」

  1. 太陽が狂ったように照りつけていた。
    水上を吹き抜けてくる生ぬるい風が肌にこびりつく。
    気怠く、倦んだ様な気候。水面のまばゆい反射光が視界に焼き付く。

  2. 少女

    毎日毎日、同じことの繰り返しじゃ、好きなこともやになっちゃうねえ。

  3. ゴンドラを漕ぐ少女が、君に言った。
    内容は愚痴のようだったが、彼女の声色は能天気で、そうは聞こえなかった。

  4. 少女

    この天気もねえ。たまには雨でも降ればいいのに。

  5. ウィズ

    毎日、この仕事やっているにゃ?暑い中、大変にゃ。

  6. 少女

    でもねえ、それはねえ、みんなお互い様なんだよねえ。

  7. 言いながら、櫂を押しだす手の動きはやめない。

    目の前の都市が、徐々に近づいてくる。水の上に浮かぶ都市。
    君はそこへ向かっていた。

    見知らぬ世界に渡って来てしまい、元の世界に帰るために、少しでも情報収集しなければいけない。
    情報を集めるなら、人が多いに越したことはない。
    それに、街はちょうど、年に一度の祭りだという。その街の名は〈デュ・オレ・サンザール〉。
    そびえ立つ時計塔は街の外からでもはっきりとわかった。

    水路は入り口となる門の向こうまで続いていて、話では、街中に張り巡らされているらしい。
    君とウィズは、街で一番のバナナパンケーキを出してくれる店の前で降りることにした。

  8. 少女

    行ってらっしゃーい。

  9. 船頭の少女に代金を渡し、君は路地へと入った。

    建物と建物の間にある狭い道は、日差しが遮られ、日陰となっていた。
    じんわりと冷気が漂う。若干、湿った石の匂いがする。狂おしい夏の、別の一面を感じさせる匂い。
    小路の終わりが近づくにつれて、石畳の乾いた匂いが戻ってくる。
    大通りに出ると、眩しさと熱気が押し寄せた。少し眩暈のようにも感じた。

    そんな君の鼻先を誰かがかすめるように、通り過ぎる。

  10. ???

    ご、ごめんなさい! 急いでいますので!

  11. 辛うじてぶつかりはしなかったが、少し服が触れたかもしれない。

  12. ウィズ

    キミ、暑いからってぼーっとしていたらだめにゃ。

  13. ウィズの小言を聞くよりも、君は通り過ぎた少女を目で追っていた。
    どこかで見たことがある。そんな気がしていたからだ。

    そんなことをウィズに言ったら、また小言を言われるか、笑われる。
    君は喉元まで出かかっていた言葉を飲み込む。

    そして、少女が走り去ったのと逆方向へ歩きだそうとする。
    と、ものすごい勢いで黒マントの人物が君の横を通り過ぎていった。

  14. ウィズ

    なんにゃ?

  15. どうやら少女を追っているようだった。君とウィズは一瞬顔を見合わせる。

  16. ウィズ

    どうするにゃ?

  17. 君は答える。もちろん追いかける、と。

    逃げる少女と追いかける黒マントの人物。どう考えても良くないことが起こっているに決まっている。

  18. ウィズ

    聞くまでもなかったにゃ。

  19. ローブを翻し、君は石畳を走った。照りつける太陽は容赦なく、君に熱気を浴びせる。
    人ごみの中に紛れてゆく少女と黒マントを確認して、君もそこへ飛び込む決意を固めた。

    ふいに君は、自分に降り注ぐ日差しが遮られたことに気づく。反射的に上を見ると、人がいた。
    飛んでいるわけではない。落ちてきているのだ。

  20. アリス

    わわわー!

  21. 咄嗟に立ち止まり、受け止めたが、耐えきれずもろとも地面に倒れこんだ。

    受け止めたのは少女だった。
    今度は間違いなく、見たことのある少女だった。

  22. アリス

    ま、魔法使いさん! どうしてここに!?

  23. それはこっちの台詞だと思った。少女の名はアリス・スチュアート。時計塔エターナル・クロノスの時詠み師だ。

    彼女はいつも君の目の前に落ちてくる。
    今日もまた、いつも通りだった。

時詠みのエターナル・クロノスⅢ ~さよなら、サマー~ 先行プロローグ

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